夜空のお散歩
僕らはライムに抱えられながら夜の闇を飛んでいた。
その速度はゆっくりだ。
人に見られない夜のうちにできるだけ距離を稼ぎたい気持ちもあったんだけど……。
「落ちたら危ないので仕方ないんです♪」
とライムが弾んだ声で答えた。
まあ落ちたら危ないのは本当なので、僕としても強くはいえないんだけど。
ライムはエルを片手で抱えるようにして持ち、もう片方の手で僕をしっかりと抱きしめていた。
それだけじゃなくて、頬がくっつくくらいに顔を近づけてきている。
「えへへ~、カインさんがこんなに近くで幸せです~」
すっかりうれしそうだ。
僕としてはライムがこんなに近いのは恥ずかしさしかないんだけど……。
ライムが喜んでいるなら、少しくらいならガマンしたほうがいいよね。
脇に抱えられたエルも、人間の姿のまま空を見上げている。
「夜の空ってキレイなんだね」
空にいると、地上は真っ暗な闇の中に沈んでいてなにも見えない。
見上げた満天の星空だけが数え切れない光に輝いていた。
「エルはドラゴンの時にはこういう空は何度も見てたんじゃないの」
「見てたけど、こんな風には見えてなかったよ。見え方というか、感じ方が違うというか。
それに、普段は風なんか当たってもなにも感じないんだけど、今はとても気持ちいいよ」
そういいながら、夜空の星にじっと見入っている。
僕にはドラゴンの目で見た景色がどんなものなのか想像もできないけど、今のエルが見ているものは僕にもわかる。
空に近いぶんだけ、星にも近くなる。
そんな気がするよね。
「そうだね。とてもキレイだね」
「うん」
「空もステキですけど、カインさんの方がもっとステキです~」
ライムはライムで相変わらず僕に強く抱きついてくる。
まあ、急ぐ旅でもないし、ゆっくり飛んでくれればいいよね。
そんな感じでゆっくりと空を飛んでいた。
やがて森を抜けて木々もまばらになりはじめた頃、地平線の向こうから光が射し込みはじめる。
どうやら朝日が昇ってきたみたいだ。
いくら空を飛んでいるといっても、さすがに朝になったら見つかってしまうかもしれない。
「ライム、朝になる前にそろそろ下りようか」
「えっ!? も、もうちょっといいんじゃないですか……?」
「でもライムの姿が誰かに見られるのはさすがにマズいから」
「うう……。でも、もう少しカインさんを感じていたいです……」
そういってもらえるのはうれしいというか、かなり恥ずかしいけど、かといってこのままってわけにはさすがにいかないし……。
困っていると、抱えられたままのエルが僕の服を引っ張った。
「まだ距離があるけど、この先に人間の気配を感じるよ」
「えっ!? もしかして僕らのことに気づいてる?」
「詳しくはわからないけど、この感じだとたぶん寝てるんじゃないかな」
そういえば夜明け前だもんね。
普通は寝てる時間だ。
とはいえ、日が昇り明るくなりはじめればきっと目を覚ますはず。
そのときなにかの拍子で空を見られたら、僕たちも見つかってしまうだろう。
ライムはまだ渋っているみたいだった。
「わかったよライム。下に降りたらあとでいっぱい抱きついてもいいから」
「ほんとうですか!?」
ライムの顔が朝日よりも明るく輝く。
「う、うん。もちろんだよ。だから地面に降りてもらえるかな」
「わーい! すぐにでも降りまーす!」
ほとんど急降下に近い速度で地面に向かう。
地面ギリギリでピタリと止まるのかと思ったら、まったくスピードを落とさずに大地に降り立った。
こんな速度で落ちたらものすごい衝撃があるはず。
思わず目をつぶってしまったんだけど、予想していたような衝撃はなにもなかった。
恐る恐る目を開く。
地面にもライムにも、激突した痕跡はなにもない。
かわりに、ライムの足がプルプルと震えていた。
ライムはゴールデンスライムが女の子の姿に変化したものだ。
だから、体をやわらかくすることで落下の衝撃を吸収したのかもしれない。
「はいっ、到着ですー」
何事もなかったかのように明るく告げて僕とエルを抱えていた腕を放す。
「えっと、ありがとう。ライムは平気なの?」
心配になって尋ねたけど、ライムは首を傾げるだけだった。
「平気って、なにがですか?」
「いや、空から落っこちたんだから、足とか痛くないのかなって」
「こうみえてわたしは強いですから。あの程度の高さならなんてことありませんよ!」
グッと握った拳を掲げてみせる。
どうやら本当に平気みたいだ。
平気ならいいんだけど……。
ケガしてないかなって心配になっちゃったよ。
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