クエスト屋の看板娘
アーストの町の門をくぐると、懐かしい景色が広がった。
取り立てて話すようなこともない本当に普通の町なんだけどね。
それでも僕の故郷だ。十日ぶりともなれば、やっぱりどこか感慨深い。
僕の家は町のはずれにある。
早く帰って旅の疲れをとりたいけど、まずはセーラの店に向かおうか。
おじさんに言われたからってわけじゃないけど、クエストに失敗しちゃったのは確かだし、そういうことは早めに報告しないとね。
セーラの店は町の中心部にある。
一番人が集まりやすい町の一等地だ。
扉を開けると、今日も繁盛してるみたいで、たくさんのお客さんが入っていた。
セーラの店は商品を売るような普通のお店じゃなくて、いわゆる「クエスト屋」だ。
他の人からの依頼をセーラが受けて、それを達成できそうな別の冒険者に斡旋するんだ。
だから、仕事を探しにきた人でいつもにぎわっている。
それは人が集まりやすい町の中心部にあるおかげもあるんだろうけど、セーラの持つ「スキル」によるところも大きい。
相変わらずのにぎわいに僕が感心していると、カウンターの奥から店の制服を着た女の子が声をかけてきた。
「お帰りなさいカイン」
「やあセーラ。ただいま」
この子がこの店の店主のセーラだ。
背は少し低いけど、そのかわりとでもいうように勝ち気な瞳を大きく見開き、今日も元気に働いている。
いつも忙しいのに、わざわざ手を止めて話しかけに来てくれたみたいだ。
「今回はずいぶん時間がかかったのね」
「うん。少し遠かったからね」
一角獣の生息地は限られてる上に警戒心が強いから、数十キロも先の人間の気配を感じるだけで逃げ出してしまう。
だからどうしても時間がかかってしまうんだ。
「それで、目的の物は手に入れたんでしょ?」
まるで成功して当然、というような聞き方に少し胸が痛くなる。
せっかくの信頼を裏切る形になってしまった。
「それが実は失敗しちゃって……」
クエストの失敗を伝えると、セーラが目を丸くした。
「失敗した? クエスト成功率95%以上のカインが? 珍しいこともあるのね」
驚いてから、あわてたように僕の体を調べはじめた。
「もしかしてケガとかしたの!? カインは弱いんだから無理はしちゃダメなんだからね!」
「ありがとう、ケガは大丈夫だよ。実を言うと薬は手に入ったんだ。ただそのあと使っちゃって……」
「使った? やっぱり毒か何かに……」
「いや、僕じゃなくて、その……途中でケガをしてるモンスターを見つけてね。その子に使ってあげたんだ」
「……え? モンスターに使ったの?」
さすがにそのモンスターが幻の超レアモンスターだったことは黙っておく。
セーラを信用してないわけじゃないんだけど、ここには他のお客さんも多い。
ゴールデンスライムがいるなんてわかったら近くの国中の軍隊が殺到するだろう。
そうなったらあの子が逃げられないかもしれない。
「だからクエストには失敗しちゃって……。あの、ごめんね」
顔色をうかがいながら謝る。
てっきり怒るかと思ったら、セーラは声を上げて笑い出した。
「あははは! 一角獣の万能薬を通りすがりのモンスターに使うなんて聞いたことないわよ! あれひとつで家が一軒建つって知ってるのよね?」
「うん、まあ、いちおう」
「知ってて使うなんてカインくらいでしょうね。ふふ、それもアンタらしくていいじゃない」
「……あの、怒らないの?」
セーラの仕事はクエストを代わりに受けることだ。
だから僕が失敗すると、セーラも失敗したことになるから、元の依頼人に謝らないといけなくなる。
僕の失敗は僕一人だけの責任では終わらないんだ。
でもセーラは明るく笑い飛ばしてくれた。
「一角獣の万能薬を手に入れるのが難しいことはわかってたことだしね。A級クエストが必ず成功するなんて思ってないだろうし、説明すればわかってくれるでしょ」
簡単に言うけど、それが簡単じゃないことは僕もよくわかっている。
でもセーラにはそれができる。
それは「交渉」のスキルを持っているからだ。
人は誰でも生まれたときからいくつかのスキルを持っている。
それはひとつだったり、数十個だったり、とても強力なものだったり、なんの役にも立たなかったりと人それぞれなんだけど、とにかくなにかしらの才能がある。
セーラの「交渉」はその名の通り、交渉を有利に進めるものだ。
誰が相手でも有利に交渉を進めることができる。
もっともセーラの場合はその明るい性格とかわいい顔立ちだけでも十分に有利になると思うんだけど。
もしかしたら、それをふまえての「交渉」スキルなのかな?
僕はスキルを持ってないからその辺の細かいところはよくわからないけど。
「それよりほら、カード出して」
セーラが手を伸ばしてきたので、僕は首を傾げた。
「カードって、冒険者カードのこと?」
「もちろんじゃない、他になにがあるのよ」
冒険者カードとは冒険者協会が発行してくれる、色々な情報が記録されたカードのことだ。
クエストの達成状況を記録したり、報酬を振り込むことだって可能になってる。
その逆に、クエストの失敗記録や、犯罪歴などを記録してブラックリストに載せることもできるんだ。
成功の記録だけじゃなくて、失敗の記録もちゃんと残る。だから冒険者カードは信頼できるんだ。
僕は冒険者カードを手渡した。
失敗は失敗だ。信用を失うことは僕にとっては死活問題だけど、こればっかりは仕方ない。
また1からがんばろう。
セーラは受け取ったカードを持ってカウンターに向かうと、専用の魔導具を使ってなにかの操作を行った。
「はい終わったわよ」
返ってきたカードを見て驚いた。
失敗したはずのクエストの報酬が振り込まれていたんだ。