テンプテーションの効果
「え、お、おは……っ!」
普通に挨拶したつもりだったんだけど、なぜかフィアは顔を真っ赤にして口ごもってしまった。
「どうしたのフィア? 僕の顔になにか付いてる?」
「あっ、いえっ、その……。なんでもありませんわ……」
なんでもないといいながらも、あからさまに視線を背ける。
なぜだか僕の顔をまともに見られないみたいだ。
「なんか様子がいつもと違うみたいだけど……」
「だ、大丈夫ですわ。しばらくすれば反射されたテンプテーションの効果も……と、とにかく今はダメなのです。ワタクシに近づかないでくださらないかしら」
ええっ、なんでいきなりそんなに嫌われてるの。
「ど、どうしたの急に。僕がなにか気に障ることをしたのなら謝るから……」
「そんな急に近づかないでください! アナタを見るだけで胸がドキドキして、どうにかなってしまいそうなんです!」
「えっ、心臓がドキドキしてどうにかなりそう? もしかしてどこか悪いの!?」
慌ててフィアの体を支える。
僕の手が触れた途端、フィアの体がビクンと跳ね上がった。
「ひあっ!? さ、さわられただけでこんなに……? 主の力のおかげで予想以上に効果が強くなってる……。これでは、心から愛してしまうのも時間の問題……」
なにやら小さな声でつぶやいていたけど、内容はよく聞き取れなかった。
「とにかく、どこか悪いなら一度部屋に戻って休んだほうが……」
「これ以上ワタクシに優しくしないでください! 本当に好きになってしまいますよ!?」
「えっ? そ、そうなの……?」
よくわからない理由で怒られた。
嫌われてるんだか好かれてるんだかよくわからない……。
僕らのやりとりを聞いていたライムが急に顔をしかめる。
「……むっ。なんだかわかりませんがカインさんはわたしのものです。あなたなんかにはあげませんよ」
奪い取るようにライムが抱きついてくる。
フィアがほっとため息をついた。
「え、ええ。そうしてもらえると助かるわ。カレをワタクシに近づけないで」
「いわれなくてもそうしますー!」
ライムが僕の腕に力強く抱きつく。
すると、それを見たフィアが急に胸をつかんで苦しみだした。
「ああっ、もう! すっごいうらやましい! ワタクシもあんな風に抱きつきたい!!」
「えっと、あの、その……」
フィアはすごく美しい人だ。
そんな人からそんな風にいわれると、僕としてもすごく恥ずかしいというか、いったい何で急にこんな態度になったんだろう……。
昨日までは普通だったと思ったんだけど……。
フィアはフィアで、胸のあたりを押さえて苦しそうにうめいている。
「……とにかく今のワタクシはダメなのです……。しばらくすれば効果も切れて元に戻ると思いますから、そっとしておいてくださるかしら……」
「あ、うん。それはわかったけど……」
フィアは壁に手をついてよろめきながら部屋に戻っていった。
一人にして欲しいというならそうするけれど、やっぱり心配だよね。
だから声をかけることした。
「あの、どこか悪かったら遠慮なくいってね。僕にできることならなんでもするから」
そういった直後にフィアが倒れた。
「ああっ、優しさが胸に愛おしい!」
床に向かって叫んでいる。
本当に大丈夫なのかなあ……。




