幸せな時間
「とにかく、温かいうちに食べちゃってよ。料理は作りたてが一番美味しいから」
そう勧めたんだけど、ライオネルとマイヤーは顔を見合わせていた。
「アダマンタイマイの甲羅の姿煮……。凄すぎてどれくらい凄いのか逆にわからないわね……」
「小指の先ほどの甲羅の粉末で、俺たちの給料ひと月分くらいするぞ」
「ひえ~、この甲羅なんて小指の先どころか、手のひらくらいあるんだけど」
マイヤーがぷるぷるになった姿煮を持ち上げてしげしげと眺めている。
「しかも粉末にされていない生の甲羅だ。どれほどの価値になるのか想像も付かないな」
「そんなもの食べちゃっていいのかなあ……」
「もちろんだよ。そのために作ったんだし」
「それではお言葉に甘えて、いただきます……」
「いただきまーす」
ライオネルとマイヤーが甲羅の姿煮を口に運ぶ。
直後に二人とも目を見開いた。
「これは、とても美味しいです……!」
「ほんと、こんなに美味しいの初めて食べたよ」
「やっぱりカインさんはすごいですね!」
ライムがなぜだか自分のことのように喜んでいる。
「味が染み込んでいてとても美味しいです。それに、うまくいえませんけど、味に深みがあるというか……」
「あ、それわかる。なんかいろんな種類の味が絡み合ってて、すごい深い味がするんだよね」
「それはもしかしたら、乾燥させたばかりの千年苔を隠し味に使っているからかもね」
「えっ、千年苔を、ですか……?」
ライオネルの食べる手が止まった。
「千年苔は普通のものにはない独特の成分を含んでいるから、味わいも他にはない独特のものになるんだ。ちょっと癖が強かったからたくさんは入れられなかったけど、甲羅と一緒に煮ることで下味にもなるし、隠し味にはちょうどいいかなと思ったんだ。うまくいったみたいでよかったよ」
「ええ、そうですね……。初めての食材でもこんなに美味しく作れてしまうのは、さすがカイン様です。それにしても……」
ライオネルが器の中身をしげしげと見つめる。
「アダマンタイマイの甲羅の姿煮と、千年苔のスパイス付き……。このスープ一杯で、王都の一等地に家が一軒建つ気がします……」
「なんだかもったいなくて飲めないんだけど……」
どうやら二人ともまだ気にしてるみたいだった。
おっかなびっくりな手つきで少しずつ食べていたけど、その横でライムは器を両手で持ち上げると一息に飲み込んだ。
直後にトロトロの表情で至福のため息をついた。
「ふわあ~、最後の一滴まで最高でした。カインさんの料理はいつも美味しいですけど、今日はいつにもまして美味しいです~。お代わりありますか?」
「材料がこれだけしかないから、お代わりはもうないんだ。ごめんね」
「うう……。もっと食べたいですけど、仕方ないです……」
ライムが暗い表情で落ち込んでいる。
ご飯を食べてこんな顔になるなんて珍しい。
よっぽど美味しかったんだね。
そう思ってもらえるのは、作る側としてはやっぱりうれしい。
「よかったら僕の分が余ってるから食べる?」
「えっ、でもそれはカインさんの食べる分ですよね? わたしが食べるわけには……」
そういいながらも、口の端からは早くもよだれのようなものが垂れていた。
「僕はもう食べたから。残りはライムに食べてほしいんだ」
「いいんですか? カインさんがそういうのでしたら……。えへへ……」
差し出した僕の器を受け取ると、中身をやっぱり一口で飲み込んだ。
ライムの表情がトロトロに溶けていく。
「はわあ~、こんなに美味しいものを食べられて、とっても幸せです~」
「喜んでもらえて僕もうれしいよ」
ご飯を作って、それを美味しいといって食べてくれる人がいる。
それがきっと僕にとっての幸せなんだ。




