夢渡りの秘術
勢いよく謝るライオネルの横で、マイヤーが困惑気味につぶやく。
「入り口は私とライオネルで見てたんだけど、いったいいつ入ってきたのか……」
「ああ、うん。平気だったから大丈夫だよ。それよりも、さっきの人は誰だったんだろう」
僕を狙ってた気もしたけど、狙われるようなことをした記憶なんてないし……。
「カインさんを狙うなんて許せないです。必ず捕まえて八つ裂きにして見せしめのために周囲にまき散らしましょう。カインさんを狙ったらどうなるかわからせてやらないといけません!」
ライムがかなり物騒なことをいっている。
確かに野生動物の中にはそういうことをするのもいるかもしれないけど……。
「帰ってくれたんだし、とりあえずはそれでいいんじゃないかな」
「……カインさんがそういうのでしたら……」
物騒な考えはあきらめてくれたみたいだけど、まだちょっと不満そうだった。
「それに、さっきのは人間の姿をしてましたけど、匂いが人間じゃありませんでした。どちらかといえばあのドラゴンに近いような……」
「ドラゴンって、エルのこと? まさか……」
エルがこんなことをするなんて思えない。
それにエルダードラゴンは世界に二匹しかいないといっていた。
もう一匹は竜の里から出てくることはないっていってたから、こんなところに現れるわけないし……。
ライオネルが霧の消えた壁に近づき、周囲を調べている。
やがてなにかを見つけたようで、それを持って戻ってきた。
「こんなものがありました」
手にしていたのは透明な小さい石だった。
真っ先に答えたのはマイヤーだった。
「それは魔力石ね。魔力を込めて保存しておくためのものよ」
マイヤーは光の魔法も使っていたし、どうやらそっち方面に詳しいみたいだった。
「見たところそれは空になってるみたいだけど、大きな魔法を使うときの魔力の補給に使ったり、召喚した使い魔のエネルギー源にしたりするものよ。たぶんさっきの男も魔力によって作られた使い魔だったんじゃないかしら」
そういえばエルダードラゴンは「意志ある魔力」のようなものだっていってたっけ。
匂いが同じだといってたのも、それが理由なのかもしれないね。
「アダマンタイマイの甲羅は儀式の触媒としてもかなりの高級品。狙う者がいてもおかしくはないけど……」
ライオネルも同意するようにうなずく。
「確かに甲羅や千年苔はかなり貴重です。王都でも貴重なアイテムを巡って争いが起こることは珍しくありません。カイン様を襲ってでも奪おうとする人がいてもおかしくはないでしょう」
「つまり悪い人間がいるってことですね。そいつはどこの誰ですか。二度とそんなことができないようわたしがこらしめておきます」
ライムが暗い目つきになっている。
本当に懲らしめるだけですむかな……。
「さっきみたいな自立して動く使い魔を作るには、かなり高位の魔導師でないと無理だわ。そんな魔導師はそう多くはないから、調べればわかるかもしれないけど……」
「なにか問題でもあるの?」
「問題というか、どうしてこの場所に来れたのかがわからないのよ。王家の丘といっても相当広いし、この洞窟はライムが見つけた、それまで知られていなかった場所。かといって尾けられている様子もなかったし……」
聞いていたライオネルが、はっとしたように顔を上げた。
「そういえば、あの黒い霧のような姿は一度だけ見覚えがありました。確か<夢渡り>と呼ばれる転送術だったはず」
マイヤーもその言葉には聞き覚えがあったみたいだ。
「確かにそういわれればそうかも……。でもそれって、私たちの世界と、夢の世界を渡る秘術でしょ。悪魔が使う禁術のはず。相手はそんなものに手を出してるってこと……?」
「それか、あるいは……」
ライオネルがなにかを言いかけ、打ち消すように首を振った。
「……いえ、憶測でものをいうべきではないですね。申し訳ありません」
ライオネルはそういったけど、僕には言いかけた彼の言葉が聞こえていた。
あるいは、相手は悪魔そのものかもしれない、と。




