黒ずくめの男
さっきまで誰もいなかったはずの場所にいきなり男の人が現れたから僕はすごく驚いたんだけど、相手の人はもっと驚いていた。
「ギギッ……ッ!? <気配遮断>だけでなく、防御結界までも一撃で……ッ!」
耳障りの悪い甲高い声が響く。
とても人間の声とは思えなかった。
全身を黒い服で包み、顔もフードに覆われているため確認できない。
見るからに怪しい格好の人だった。
「貴様、誰だっ!!」
鋭い声と共にライオネルが剣を抜き放つ。
そのまま男の人に向けて切りつけたけど、刃が触れると同時に黒い霧になってしまった。
「消えた!? なんだこの術は!」
ライオネルが慌てて周囲を見回したけど、黒い霧は洞窟の闇に溶けてそのまま消えてしまう。
そう思った次の瞬間、消えたはずの男の人が僕の目の前に現れた。
てっきりなにかしてくるのかと思ったけど、胸を押さえながら地面にひざを突き、苦しそうに顔を歪めていた。
「ナンダこれは……近づくことさえ、できないということか……? オマエ、その武器は何だ!」
いきなりそんなこといわれたけど、僕は武器なんて持っていない。
持ってるとしたらこのお玉だけだ。
虹の欠片で作られているから、もしかしたらそれが何かの作用をしているのかもしれないね。
もっとも、僕にそのことを答える暇はなかった。
男の人が取り出したナイフを僕に向けて突き出す。
すごい早さで僕にはそれを見るだけで精一杯だったけど、すかさず伸びてきたライムの手が刃の先端を受け止めて、そのまま握り砕いてしまった。
「カインさんになにをしようとしたんですか」
ライムは男の人を向いているため、僕からは表情が見えない。
だけど、その声を聞くだけでものすごく怒っているのがわかった。
止める暇もなく、空いているほうの手で男の人を殴りつける。
男の人はまた黒い霧になったけど、その霧ごと洞窟の壁に叩きつけられた。
すごい勢いで壁に叩きつけられたけど、衝突音はなにも響かなかった。
まるで雲が壁に当たったみたいにふわりとしている。
静寂の中に、耳触りの悪い声だけが反響した。
「ギギギッ……純ミスリルのナイフを破壊し、この体を素手で殴り飛ばすか……。コッチの世界にも面白いやつがいるもんだな……」
笑い声を残して霧が薄れていく。
やがて完全に見えなくなってしまった。
しばらくライムがくんくんと鼻を鳴らしていたけど、やがてあきらめたように僕を振り返る。
「ごめんなさい。いなくなっちゃいました」
「いや、ライムが謝ることじゃないけど……。それより、ライムの手は大丈夫?」
「はい、あんな程度でやられるわたしじゃありません!」
ナイフを素手で握ったから心配だったけど、その手には傷ひとつついていなかった。
ライムは自分の体をいつでもオリハルコンに変えることができる。
ナイフくらいじゃ傷ひとつ付かないみたいだ。
ライムが落ちたナイフの欠片を摘むと、そのまま握りこんで手の中に取り込んだ。
「うーん、悪くない味です」
「そういえば純ミスリルだっていってたね。本当ならかなり高いものだけど」
「たしかにその辺の石よりは美味しいです。もちろんカインさんの料理の方がもっと美味しいですけど!」
満面の笑みでそういってくれた。
いくらミスリルとはいえ、金属に負けたら落ち込んじゃうよ。
「カイン様、大丈夫ですか!」
ライオネルとマイヤーが駆けつけてくる。
「護衛のためにお供していたのに、申し訳ありません!」
ライオネルが勢いよく頭を下げてきた。




