せっかくだからいっぱい楽しみましょう
コルドさんが手配してくれた馬車は快適で、しかも早かった。
窓の景色が普段の三倍くらいの早さで流れていく。
なのに馬車はほとんど揺れなかった。
座席を倒してベッドにしても、馬車で移動中ということも忘れるくらい快適だ。
とはいえ、いくら馬車としては広いといっても、やっぱり二人が寝るにはちょっと狭い。
ライムがぴったりと寄り添いながらニコニコと笑顔になる。
「今までこの馬車という乗り物は嫌いでしたが、これならカインさんともくっつけるし、とても楽しいです。馬車は全部これになればいいと思います」
「さすがにこんなに豪華な馬車を用意できるのは相当なお金持ちだけだよ」
それも、きっとシルヴィアみたいな大貴族だけじゃないかなあ。
ライムが少しがっかりした表情になる。
「そうなんですか。残念です。じゃあこんなにくっつけるのも今だけなんですね。だったらいっぱい楽しまないといけないですね」
そういってますますくっついてきた。
「馬車に乗ってるときはいつも僕にくっついてくる気がするけど……」
「そうでしたっけ。全然覚えてないです♪ それにこのベッドはとても狭いので、こうしないと落ちちゃいそうですから♪」
そういって僕の腕にギュッとしがみついてくる。
ニッコニコの笑顔を見なくても覚えているのは明らかだ。
確かに二人で寝るにはちょっと狭いからライムのいうことも確かなんだけど……。
この馬車は全然揺れないから、落ちる心配はないと思うんだけどなあ……。
朝になる頃には目的地に着いていた。
窓の外には広い草原が見えている。
王家の丘までは馬車で何日もかかるはずなんだけど、この馬車だと半日ほどでついてしまった。
なのでまだお昼前だ。
馬車から降りると、そこは見渡す限り草と木が続く場所だった。
王都の気配はまったく感じられないし、ずいぶん遠くに来たことがわかる。
馬車が普通より何倍も早かった上に、一日中休むことなく走り続けたおかげかな。
普通の馬なら倒れちゃうような距離なんだけど、やっぱりシルヴィアが用意してくれただけあって平気みたいだった。
今は疲れた様子を見せることなく、美味しそうに地面の草を食べている。
「ごくろうさま。ありがとう」
声をかけると、ぶるるっといなないた。
白い歯をむき出しにしたその顔は、なんとなく笑顔のようにも見える。
気にしなくていいよ、ということかな。
となりではライムが大きく伸びをして、新鮮な空気を胸一杯に吸い込んでいた。
「うーん、人間の街も嫌いじゃないですけど、やっぱり外の空気は美味しいです!」
「そういえば結構長く王都にいたからね」
僕たちの町とは違って、王都は人間が作ったもので囲まれているから近くに自然もない。
僕は特になにも感じないけど、やっぱり自然の中で生きてきたライムにとってはちょっと息苦しいのかもしれないね。
「カインさんとこうしてお出かけするのも久しぶりでうれしいです!」
ライムが弾んだ足取りで草原を駆ける。
確かにこういったクエストをするのは久しぶりだったかもしれない。
最近は街の中での依頼が多かったからね。
そしてこういう場所だと、ライムはいつもより開放的になる。
だからなのか、上機嫌に走り回っていた。
僕としても自然の空気を吸うのも久しぶりなので、なんだか新鮮な気持ちだ。
馬車道は王都のあった方角からずっと続いてて、その先には大きな門が見えていた。
僕らの少し後ろを馬車がゆっくりとついてきてたんだけど、そこから御者のおじさんが声をかけてくれた。
「あそこが王家の丘に入るために入り口ですよ」
「そうなんですか、ありがとうございます。それじゃあ行こうかライム」
「はーい!」
ライムが元気よく声を上げる。
僕たちは大きな門にむかって歩き出した。




