千年苔と亀の甲羅
フィアと別れたあと、僕たちは王都入り口近くにある、馬車の待合所にやってきた。
僕たちが最初王都に入ったときに降りた場所だ。
相変わらず人の行き来が激しくて、周囲は様々な騒音で囲まれている。
ライムが周囲の音に負けないよう大きめの声でたずねてきた。
「カインさん、これからどうするんですか」
「ここでシルヴィアの連絡を待つ約束になってるんだ」
「……あの女が来るんですか?」
なぜだか声の温度が二、三度低くなった気がする……。
「シルヴィアは忙しいから代理の人が来るって話だったけど……」
「それなら安心です」
元の声に戻ってニコッと笑顔を浮かべた。
王都に来てからは色々な人と会ってるから、こうしてライムと二人になるのはなんだかんだで久し振りな気がする。
だからその時間が邪魔されると思ったのかもしれないね。
そう思っていたら、ライムが無言で僕の手を握りしめてきた。
特に何もいってこなかったけど、手をつないだまま僕の顔をニコニコとうれしそうに見つめてくる。
周囲の人たちは忙しそうに行き来してるから、たぶん僕たちのことなんか誰も気にしてないと思う。
それでもやっぱり、こんなに人の多い中で手をつないでいるというのは、みんなから見られているような気がして落ち着かない……。
ニアと手をつないで歩いてるときは、ここまで恥ずかしくはなかったんだけど……。
そんな感じで悶々としていたら、やがて使用人姿の女性が近づいてきた。
「カイン様、ライム様でございますね」
その言葉を聞いて僕はここに来た目的を思い出した。
恥ずかしくてすっかり頭から消えていたよ。
「えっと、あなたがシルヴィアの……?」
「はい、シルヴィアお嬢様の召使いを勤めておりますコルドと申します」
丁寧に頭を下げる。
その際、一瞬だけつながれた僕たちの手の方を見た気がしたけど、すぐに頭を上げて元の姿勢に戻った。
「もしかして待たせてしまいましたか」
カイゼルさんとの話も長引いちゃったし、フィアと会うのも予定になかったから、結果的にだいぶ時間がかかっちゃった。
僕としてもカイゼルさんとの話がどれくらいになるか分からなかったから、すこし遅めの時間にしてもらっていたんだけど、それでもだいぶ遅れちゃったと思う。
だけどコルドさんは静かな動作で首を振った。
「いえ、時間通りにございます。こちらをお受け取りください」
恭しい手つきで一枚の書簡を差し出してくる。
それは王家の丘へ入るための許可証だった。
シルヴィアに許可をもらうよう頼んではいたけど、どうしても外せない用事があって来られないから、代わりの人に持ってきてもらうことになっていたんだ。
王家の丘はライムが受けてきた依頼のために必要な千年苔が生えている場所だ。
そしてちょうど、カイゼルさんの薬を作るために必要な素材のひとつ、アダマンタイマイの甲羅が手に入る場所でもあるんだ。
「ありがとう。こんなに早くもらえるなんて助かるよ」
「無益な争いとなることを防ぐために規制しているだけで、申請する権利さえ持っていれば許可自体は簡単におりますので」
「そういうものなんだ。もっと厳しいのかと思っていたけど」
「王家の丘はもとより資源が豊富な場所。活用しないのはもったいないという国王様の方針もありまして、規制はあくまでも形式だけのものとなっております」
なるほど。
確かにせっかくの土地があるんだから、有効活用した方がいいに決まっているよね。
それもあってシルヴィアもいってくれたのかな。




