密談
「まったく、気乗りしない仕事ね……」
私の主義には合わないのだが、断るという選択肢がない以上それを完遂するしかない。
誰もいない空間で目を閉じると、主に向けてコンタクトを試みる。
すぐに主の気配を感じ取った。
声ではなく思念が脳裏に直接響く。
『ようやく網に掛かったようだな。奴の力が必要だ。必ず手に入れろ。失敗は許されない』
私も口を開くことはなく、思念で答えた。
『心配ありません。すべて計画通りに進んでおります。万全の体勢を敷いておりますので、必ず成功させてみせます』
『本来なら私が直接赴くべきだが、少々やっかいな奴が姿を見せている。今動くのは得策ではない』
その言葉に私は少なからず驚いた。
主にさえ「やっかいな奴」といわせるなんて、いったい何者なんだろうか。
少なくとも私なんかとは比較にならないほど高位の存在だろう。
それほどの存在と出くわしたならば、私の命は無いに違いない。
『案ずるな。貴様には私の力を貸そう』
私の心を読んだように、頭の中に黒いもやのようなものがあふれ出すのを感じた。
脳内を侵されるおぞましい感覚に思わず叫びそうになるが、ぐっと唇をかみしめてこらえる。
やがて黒いもやは首筋を下り、私の体の中にまで入ってきた。
氷のような冷たさに魂さえもが凍り付きそうになる。
実際に、並の人間ならこれだけで魂が砕けてしまうだろう。
どうにかこらえると冷たさも消え、やがて私の中に力が満ちてくるのを感じた。
私の力が何倍にも増幅されるのを感じる。
今の私なら、小さな村ひとつくらいなら簡単に壊滅させることができるだろう。
『期待しているぞ。私を失望させるなよ』
手にした力に浮かれていた私は、背中をゾクリと震わせた。
主の言葉は激励ではなく、脅しだ。
与えられた力は私の魂に根を張った。
その気になればいつでも握り潰せるだろう。
逆らえば死しかなく、失望させても死しかない。
これまでに積み上げてきた私の信頼も、この地位に登るまでに積み重ねてきた私の努力も、関係ない。
一度の失敗ですべて崩れる。
この御方にかかれば私の命など赤子の手をひねるより簡単につみ取ってしまうだろう。
助かる道は、成功しかない。
背を伝う汗の冷たさを感じる。
気がつくと主の気配は消えていた。
気乗りしない仕事だ、なんていってる場合ではなくなった。
すぐにでも準備をはじめなければならない。
わかっているのに、私の足は震えたまま立ち上がることすらできなかった。
いつもお読みくださりありがとうございます。予定よりも少し長くなってしまいましたが、ここで涙編の折り返し地点になります。
ここから物語は加速して……ということもなく、いつも通りまったり進んでいきます。
とはいえここまでは王都編でしたが、ここからは素材探し編で外に出ることも多くなるので、ちょっとだけ冒険要素が多くなるかもしれません。
章を分けてもよかったのですが、目的が変わるわけでもないですしね……。
これからもカインとライムの行く末を、そして他のキャラたちの関係などをゆるーく楽しんでもらえたら幸いです。




