月明かりの夜
階段を上りきった先の目の前にシルヴィアの部屋はあった。
両開きの大きな扉を押し開く。
部屋には明かりが点いていないため、中はほとんど見えなかった。
それでも暗闇の大きさから、かなり広い部屋なのがわかる。
僕に用意された客間も広かったけど、その倍以上もありそうだ。
シルヴィアが暗闇の中をまっすぐに奥へと向かい、カーテンを一気に開く。
清廉な月明かりがさっと室内を照らした。
部屋の奥の壁一面が窓ガラスになっていて、夜空の星々と大きな月が大きく切り取られている。
夜空に手が届きそうだと錯覚するほどだった。
さすがは貴族の部屋だね。
たったこれだけの光景でも荘厳で、思わず感動して見入ってしまうほどだった。
シルヴィアは窓のほうを向いたまま月明かりを一身に受けている。
肩に手を当てると、肩に掛かっていた寝間着の袖を腕に落とした。
寝間着はそのまま滑るように床へと落ちる。
その下にはなにも身につけていなかった。
生まれたままの姿のシルヴィアがそこにいる。
流れるような銀髪に月明かりが反射して、幻想的な光景となっていた。
その姿に、僕は恥ずかしさも忘れて見入ってしまう。
気が付くとシルヴィアのそばに歩み寄っていた。
「カイン殿……」
陶磁器のような白い肌が目の前にまで迫る。
そこで僕はシルヴィアの体からとてもいい匂いがすることに気が付いた。
そんな僕の疑問に気が付いたシルヴィアは、うつむきがちに答える。
「カイン殿の部屋に行く前に湯浴みをしてきたのだ。少しでも綺麗な私を見てもらいたくて……。
昔ではそんなこと考えもしなかったのに、今ではダメなのだ。戦いの中で髪が乱れるだけでも気になってしまう。無骨な鎧よりも、かわいらしい服を身につけたくなる。私がいないあいだにカイン殿が他の女性と会っているのかと思うだけで、胸をかきむしりたくなる……」
そういって振り返る。
真剣な瞳が僕を正面からのぞき込んだ。
「だから、カイン殿が王都に来たと聞いたときはうれしくてたまらなかった。一目会えると思っただけでいてもたってもいられなくなり、仕事にかこつけてカイン殿がいそうなところを探し回ってしまった。それどころか、私からこうして誘ってしまっている……。私はきっとはしたない女なのだろう……。でも、私はそれだけ本気なのだ」
今のシルヴィアは下着一つ身に付けていない。
なのにその姿を見ても、恥ずかしいという気持ちはわいてこなかった。
窓から差し込む月明かりが、梳いたような銀色の髪を美しく輝かせている。
だからだろうか、普段の僕ならきっと言えないような言葉を自然と口にしていた。
「綺麗だよシルヴィア」
「……ひあっ!? な、なにを急に……」
白銀の光に照らされる中で、シルヴィアの顔だけが赤く染まる。
「わ、私は真剣なのだ……! それを茶化すような……!」
「茶化してるんじゃないよ。本当のことなんだ。今のシルヴィアはとても綺麗だ」
「~~~~~ッ!!!」
綺麗な顔が真っ赤なままフニャフニャに崩れた。
「そ、そんな真剣な瞳で見つめないでくれ……。体が熱くてどうにかなってしまいそうだ……」
膝から崩れ落ちそうになったので、慌ててその身体を支えた。
触れた肌が燃えるように熱い。
どこか体調が悪いのかな。
そういえば僕にマッサージを頼みに来たんだっけ。
やっぱりどこか悪いところがあるんだろう。
シルヴィアの身体を支えたまま部屋の中を見渡す。
広い部屋だったけど、調度品のようなものはほとんどない質素な部屋だった。
家具もテーブルやクローゼットくらいしかない。
いかにも質実剛健なシルヴィアらしいね。
となりに続く扉があるから、寝室はあっちかな?
僕がそこへ向かおうとすると、抱えたシルヴィアの体が驚いたように震えた。
「か、カイン殿……そっちの部屋は……」
「寝室はこっちだよね?」
「は、はい……。そうです……」
なぜか敬語になっていた。
妙に緊張してるみたいだけど、どうしたんだろう。
「それじゃあいこうか」
「………………」
手を引くと、シルヴィアは無言のままついてきた。




