ライムの初仕事
「カインさん、ただいま戻りました!」
元気な声が食堂に響く。
ライムが手を大きく振りながら僕の元へと全力で駆け寄ってきた。
「お帰りライム。用事は終わったの?」
「はい! もうすっかり……」
そう言いかけて、僕の両となりに目を向けた。
僕は今左右からニアとシルヴィアに抱きつかれているところだった。
どうしてこうなっているのかは僕にもわからない。
ニアに虹の欠片を手に入れたときのこと、そしてそれをシルヴィアに渡したときのことを話していたら、いつのまにかこうなっていたんだ。
本当にどうしてだろう。
首を傾げていると、ライムの瞳がキッと鋭くなった。
「また人間の雌が増えてます!」
「……あっ、ライムさんもう帰ってきちゃったんですね」
「もう少しゆっくり来てくれても構わなかったのだが……」
ニアとシルヴィアがしぶしぶといった様子で僕の腕から離れる。
おかげで両となりが空いた形になったんだけど、ライムはテーブルを乗り越えるようにして真正面から抱きついてきた。
「二人ばっかりズルいです! わたしもカインさんにいっぱいくっつきたいですー!」
僕の膝の上に乗ると、首に腕を回して力一杯抱きついてくる。
「えへへ~。カインさんの匂いがします~」
そういって頬をすり付けてくる。
やわらかな肌の感触がぴったりとくっついてきて、思わず恥ずかしさに逃げたくなるけど、ぐっとこらえてライムの肩を優しく押し離した。
「カインさん……?」
「ライム。前は言わなかったけど、テーブルの上に乗ったらダメなんだよ」
「えっ、そうなんですか? ごめんなさい……。どうしてもカインさんに早く抱きつきたくて……」
しゅんと落ち込んだ表情をされると、僕もそれ以上強く言えなくなってしまう。
「まあ、前にちゃんと言わなかった僕も悪かったから……」
「ううう……。次からはテーブルの下から潜っていきます……」
そういうことじゃない気もするけど……。
まあ、テーブルの上に乗るよりはマシなのかな……?
「それより、一人でどこに行ってたの? 危ないこととかなかったよね?」
ライムに限ってその心配はないと思うし、今の様子を見ても平気そうだったけど、やっぱり気になって聞いてしまう。
ライムは「えへへ~」とやけにうれしそうな表情を浮かべたあと、急に両腕を広げた。
「そうでした、カインさんにお願いしたいことがあるんです!」
「僕に? もちろんいいよ」
「はい、実は用事を終えて帰ろうとしたときに、困っているおじいさんから頼まれたものがありまして……」
「頼まれたもの?」
「はい。ええと確か……、引き受けてくれないと困るとか、この世界で生きていくために必要とか、そんなことをいっていたと思います」
ライムの説明は具体性がなくてよくわからなかったけど、とりあえずそのおじいさんが大変そうなことだけは伝わってきた。
「そうなんだ。できれば力になってあげたいけど、いったいなにが必要なの?」
「たしか、せんねんごけ? とかいう名前だったと思います」
「千年苔かあ……」
それはとてもやっかいなアイテムだ。
千年前から存在しているといわれるとても古い苔で、当然だけど非常に珍しい。
ゴールデンスライムの涙ほどじゃないけど、なかなかに貴重で、そしてとても高価なアイテムだ。
世界中から様々な物が集まる王都といえども、さすがにそう簡単には手に入らない。
でも、せっかくライムが受けてきてくれたはじめての依頼だもんね。
「わかった。それじゃあ一緒に探そうか」
「ほんとうですか? ありがとうございます!」
ライムがうれしそうな表情になる。
でも僕だって同じ気持ちだった。
僕にいわれたからではなく、ライムが自分で行動してくれたっていうのがうれしかったんだ。
千年苔は、千年生きるといわれるだけあって強力な生命力を持っている。
乾燥させればとてもすごい回復アイテムの材料になるんだ。
依頼人はおじいさんといってたし、どこか体の具合でも悪いのかもしれないね。
とはいえやっかいな依頼だ。
なにしろ生息する条件が厳しくて、生える場所は世界的にも限られている。
逆に言えば、場所はわかっているので、行くことさえできれば手に入れること自体はそれほど難しくないんだ。
ただ……。
「千年苔の生息域といえば、この辺りで一番近いのは王家の丘ですね」
「やっぱりそうだよねえ……」
ニアの言葉に僕もうなずく。
そう、場所はわかっているんだ。
でもそこはその名の通り王家のみしか入ることが許されていない。
僕たち一般人は入ることができないんだ。
それ以外の場所となると、エルフたちが住むといわれる古代の森とかになるけど、ちょっと簡単に行ける場所じゃない。
僕が困っていると、目の前のライムも不安そうな顔になる。
いけないいけない。
余計な心配をさせないためにも、しっかりしないとね。
とはいえ方法がないのも事実だ。
どうしようかと悩んでいると、救いの声が響いた。




