勘違いしてもらっては困る
「先ほどから私たちの仲をうらやましそうに見ているあそこのちびっ子は誰だ?」
シルヴィアの声がずいぶん低く感じられた。
なんだろう。
まるで、見かけたら絶対に駆除しなければならない系のモンスターを前にしたときのような冷たさを持っているけど。
もしかしたらニアの実力に気が付いて警戒しているのかも。
さすが騎士団団長になるだけあるなあ。
「この子はニア。僕と同じ冒険者だよ」
「……ああ。その名前は聞いたことがある。たしか最年少でS級になった冒険者なんだったな。
まだまだ年端も行かない子供の身体でよくやるものだと話題になっていたよ。子供のわりにはな」
そういって、シルヴィアが胸の下で腕を組んだ。
そのせいで元々大きな胸が持ち上げられるみたいに強調される。
目のやり場に困って思わず視線を逸らしてしまった。
それにしてもずいぶんと「子供」の部分を強調していたけど……。
若い実力者ということで、自分と重なるものを感じてるのかもしれないね。
ニアの顔がすうっと冷たくなった。
「……あなた、何様ですか」
鋭い視線をシルヴィアに向ける。
なんだろう。
まるで、巨大な虫型モンスターを前にしたときのような嫌悪感丸出しの表情をしているけど……。
ニアもまたシルヴィアの実力を一目で見抜いて警戒してるのかもしれないね。
さすがS級冒険者になるだけはあるなあ。
「この人はシルヴィア。王都騎士団に所属していて、『自由の風』団の団長でもあるんだよ」
「……ああ、聞いたことがあります。若くして騎士団長になった人がいると。
名門貴族の出身で、王族との婚姻が約束されているともいわれていましたね。そんな人を寝取ったとなれば死罪は確実。一般庶民は触れることも許されないくらい高貴なお人なのでしょうね」
そういって急にニアが僕に抱きついてきた。
「ど、どうしたのニア」
「いいえー。どうもしないです。ただいつもみたいに師匠に甘えたくなっただけです。いつもみたいに」
「いつも」の部分をやけに強調する。
いつもこんなことはしてないっていうか、するようになったのはついさっきからなんだけど……。
嫌ではないので、さすがにふりほどくようなことはしない。
仲のいい兄妹ならきっとこれくらい普通だろうしね。
ただ、目の前のシルヴィアのこめかみがヒクヒクと震えた。
「先ほどから気になっていたが……。ライム殿ならともかく、なぜ貴様のようなちびっ子がカイン殿のそばにいるのだ」
「師匠は私の師匠なんです。だから一生一緒に死ぬまで添い遂げる約束を交わしたんですよ。ね、師匠」
師弟関係ってそこまで重いものだったかなあ。
「騎士団の人こそ、このような下賤な場所に何の用ですか。空気を吸うだけでその高貴なお体が汚れてしまいますから今すぐに帰った方がいいですよ」
そういってニアがますます力強く僕に抱きつく。
まるで見せつけるように。
シルヴィアの表情が見るからに凍り付いた。
やがて無言で正面のイスに腰掛けると、左手をテーブルの上にのせる。
その薬指には指輪がはめられていた。
虹色の宝石がずいぶん美しい。
あれは僕が前に渡した虹の欠片だね。
どうやら指輪にしたみたいだ。
指輪は魔術的にも重要だし、スミスさんも驚くほどの魔力を持っているらしいから、きっと効果も大きいんだろう。
それがどうして左手の薬指にはめられてるのかはわからないけど……。
約束を意味する場所だから、指輪の効果を最大限に発揮させるためにつけてるのかなきっと。
虹の欠片の使い方に感銘を受けていると、遅れてニアも指輪に気がついたみたいだった。
「あら、婚約してるんですね。すばらしい指輪のようですし、さぞかし名のある方からの贈り物なのでしょうね。なら、なおさらこんなところに来てはいけないのでは? 勘違いされると困るでしょうから、やっぱり今すぐに帰るべきですよ」
口調は丁寧だけど、手でしっしっと追い払うように動かす。
なぜかめちゃくちゃ敵対しているようだ。
対するシルヴィアは気を悪くした様子もなく、むしろ勝ち誇るような微笑みを浮かべた。
「ああ、その通りだな。勘違いされては困る。なにしろこれはカイン殿から贈られた大切な指輪だからな」
「………………………………………………」
僕の腕をつかむニアの力が急に強くなった。
「師匠? 詳しい話を聞かせてもらってもいいですよね?」
「あ、うん……」
有無をいわせない迫力に僕はうなずくしかなかった。




