数十年に一度の
「……まだ何も条件をいってないが」
あまりにもあっさりとうなずかれたためか、ボスは慎重にたずねた。
「困ってる人がいたら助けてあげるんだよって、カインさんがいっていたので」
「ほう……。あのカイン殿が……。では、千年苔と呼ばれる素材を探している。手に入れられるか?」
その言葉を聞いて室内がざわめいた。
その素材については皆知っている。ボスが長年探し求めていたものだからだ。
そしてそれを手にするのがいかに難しいかもまた、よく知っていたのだ。
そして女は、変わることなくあっさりと言い放った。
「わかった。任せて!」
「……お嬢さんは、千年苔が何か知ってるのか?」
「ううん、はじめて聞いたよ。でもカインさんなら必ず手に入れてくれるから大丈夫!」
「ずいぶん信頼してるのだな」
「はい! カインさんはとってもすごい人なんですから!」
そう告げる女は屈託のない笑みを浮かべていた。
もし酒場で出会っていれば、その場で全財産をはたいてでも口説きにいっただろう。
だがこの場ではそれも空恐ろしさを増幅させるだけだった。
「あ、そうだ。プレゼントもらったけど、やっぱり返しておくね」
そういって手を開く。
そこには数本の針が乗せられていた。
「……!」
ボスの顔が強張り、冷や汗が一筋頬を伝った。
その表情に気づいているのかいないのか、女が明るくいう。
「わたしは毒とかも本当は平気なんだけど、人間は毒を食べないものだってカインさんがいってたので。だから気持ちだけもらっておくね」
受け取ったボスの手は小刻みに震えていた。
「……毒が効かないだけと思っていたが……。参考までにどうやったのか聞いてもいいかな?」
「えっと、わたしは……。あ、カインさんに言っちゃダメって言われてるんだった。だから教えられないんだ。ごめんね」
「ふ……。そうか。商売柄教えられないこともあるだろう」
「話はもう終わり? それじゃあわたしはもう行くね。じゃあまたねー!」
場違いなほど明るい声を上げると、軽やかな足取りで出て行った。
唖然とする俺たちにボスがたずねる。
「おい、お前。さっきあの嬢ちゃんが何をしたか、わかるか」
俺は力なく首を振った。
「それが、さっぱりで……。三連銃を撃った時も避けるでも防ぐでもなく、そのまま吸収して、手から銃弾を取り出してみせたくらいで……」
「時空魔法、あるいは空間魔法の類か……。いずれにしても恐ろしい嬢ちゃんだな。敵に回らなくて本当によかったといったところか。久しぶりに冷や汗をかいたわ」
ボスがこんなに弱音を吐くところははじめて見た。
それだけの相手だったということだろう。
「それにしても……。カインの名をここで聞くとはな」
「知ってるんですか?」
「まあ、名だけはな。とてつもなく優秀な素材ハンターだよ。どんな希少素材でも確実に入手してくる。儂がこの年でも腰を痛めることなく現役でいられるのはそいつのおかげさ。もっとも、あえてどこにでもいるような名前を名乗っているんだろうから、どいつが本物かはわからないが……あの嬢ちゃんが心酔するほどの人物だ。本物に違いないだろう」
「あとを尾けさせますか?」
「無駄だ。やめておけ。それに下手に刺激すれば敵に回すことになる。……ふっ、こいつもまた、格付けが済んだって奴なんだろうな」
「ボスでも勝てないんですか?」
「馬鹿をいえ。儂が全盛期の頃でも今の嬢ちゃんには万にひとつも勝ち目はないだろう。この世界じゃ怪物だなんだと騒がれる奴はいつの時代も現れるが、そういう目立ちたがりはすぐに消えちまう。生き残るのはほんの一握り。その一握りが数十年に一度現れる」
そういうボスの手は未だ震えていた。
「あれは本物の化け物だよ」




