空を覆う影
山を下りてもライムは僕の手を離さなかった。
上機嫌にぶんぶんと腕を振りながら歩いていく。
力加減を忘れているのか、振り回される僕の腕は少し痛かったけど、それでライムが元気になってくれるのなら安いものだ。
「それにしても危険な魔獣ってなんだろうね」
「さっきの人間たちがいってたやつですか?」
ライムが周囲を見渡すように首を巡らせる。
「本当に危険な魔物なら、私の危機感知スキルが反応するはずですけど、今は感じないです」
「本当に危険な魔物ってのは、どれくらい危険なの?」
「さっきの人間たちとは比べものにならないくらいです。私が本来の姿でも逃げきれるかわからないような……。山をひとつ丸ごと消し飛ばしたり、島を一口で丸飲みにしたりとか、そういうことを平気でやってのける連中です」
「確かにそんなのが来たら、逃げたところで助かりそうにないね」
なにしろ逃げたとしても、逃げた先ごと消し飛ばされてしまうんだから。
さっきの騎士団が危機感知に引っかからなかったのも、本来のライムにとっては敵でもなんでもなかったからなんだろう。
「もしそんな危険な敵が来たら、カインさんだけは必ず守り抜くので安心してください」
「その気持ちは嬉しいけど、そのときはライムも一緒に逃げるんだよ」
「カインさんに助けてもらった命ですから、カインさんを助けるためなら惜しくありません。でも、カインさんがそういうなら、一緒に逃げるようにします」
「うん。そうしてね。僕のためにライムが傷つくのは、僕にとっても全然嬉しいことじゃないから」
「はい、わかりました。えへへ……」
なぜだか表情をとろけさせる。
というか物理的にちょっと溶けている。
美味しいご飯を食べたときにも、気がゆるんじゃうのか同じようになるんだよね。
ということは、今は嬉しいんだろう。
どうしてそう感じるのかはよくわからないけど……。
まあ、ライムはちょっとだけ僕たち人間とは感性が違うところがあるから、きっとそのせいなんだろうな。
今は周りに誰もいないからいいけど、人前でこの状態になったらさすがに怪しまれそうだ。その辺は気を付けないといけないな。
そのときだった。
背後の道からけたたましい足音が響いてくる。
驚いて振り返ると、さっきのアルフォードさんを先頭にして騎士団が駆けてくるところだった。
僕たちは慌てて道の端によける。
アルフォードさんは駆け抜けざま、僕たちのほうにちらりと視線を向けた。
「君たちは逃げるんだ!」
それだけを言い残して、土煙と共に去っていく。
逃げろ、といわれても、いったいなにがあったんだろう。
そういえば危険な魔獣を退治しに来たといっていたっけ。
でも僕の感知できる範囲に危険なモンスターはいそうにない。
「ライムはなにかわかる?」
ライムがもう一度周囲を確認する。
「うーん。危険な魔物はいないです。ただ一匹だけ……」
そう言いかけたライムの言葉を、巨大な声がかき消した。
空間が振動するほどの巨大な咆哮。
敵意をむき出しにした不協和音の固まり。
一度聞けば誰もが理解する。
それは生物の王者、ドラゴンの咆哮だった。




