穴場の宿屋は知らないかな
「……ゴホン。失礼しました。師匠と久しぶりに会えたことがうれしくてつい取り乱してしまいました」
平静を取り戻したニアが小さく咳払いをする。
それから頬をほんのりと赤く染めた。
「こんなところで偶然会うなんてあまりにも運命的だったので、つい……」
「そ、そうなんだ。確かにこんなところで会うなんて思ってなかったから、僕もびっくりしたよ」
僕がそう言うと、ニアがいたずらっ子のように小さく舌を出した。
「……なんて、本当にそうだったらいいんですけど。実は冒険者協会から師匠が来たことを聞いたので、探しに来たんです。きっと今夜の宿をお探しだろうなと思いまして」
それから少し声をひそめた。
「……例の涙のクエストの件で来られたんですよね?」
言い当てられたので少し驚いてしまった。
「よくわかったね。ニアも知ってたの?」
「クエストの募集が始まったときから気にはしていました。なので、師匠が来たこともすぐに私の所に連絡が来たんです」
「なるほど。そうだったんだね。わざわざ気にしてくれてありがとう」
「いえいえ、師匠とライムさんのためですから」
「依頼人はどういう人なのか知ってる?」
「私はクエストを受けないで監視することに徹していたので詳しくは知りませんが……。ゴールデンスライムを探している、というわけではないみたいです」
「そうなんだ。それはよかった」
ニアの話を聞いて少し安心した。
もしもゴールデンスライムのことを探しているのだとしたら、ライムの身に危険が迫っていることになる。
それどころか、ライムの存在にまで気がついている可能性もあったからね。
場合によっては王都から離れることも考えないといけなかった。
それがないとわかっただけでも大きな収穫だ。
「ありがとうニア。おかげで助かったよ」
「とんでもないです。師匠のお役に立てて光栄です」
「ついでにもうひとつ助けてほしいことがあるんだけどいいかな」
「もちろんです。何なりとお申し付けください!」
びしっと背筋を伸ばすニア。
そこまでかしこまらなくてもいいんだけどな。
「実は宿を探してるんだけど、どこも満室で空いてないみたいなんだ」
「そういえばもうすぐ武道大会があるんでしたっけ。けっこう大きな大会で、参加者も観客も世界中から王都に集まってくるんですよね。何日かにわたって開催されるので期間中の宿をまとめて取る人が多いんです」
「そうみたいだね。来るまでそんな大会があるなんて全然知らなかったから」
「師匠には関係ない大会ですからね」
確かに僕は戦いとかはするのも見るのもあまり好きではないからね。
「なので王都に詳しいニアに、どこか空いている宿を紹介してもらいたいんだ」
「なるほど。そういうことでしたか。それなら私にお任せください! ……といいたいのですが」
ニアが申し訳なさそうに表情を曇らせる。
「今の時期は本当にどこの宿も満室になっちゃうんです。空いているとしたら、一晩で庶民の年収分位する超高級宿泊所くらいだと思います」
「そんなところにはとても泊まれないよ」
貴族や王族が利用するようなものすごく高い場所だ。
そんなお金なんてもちろんないし、あったとしても場違いすぎて近づくだけでも気後れしちゃう。
それにしても困ったなあ。
王都に住むニアなら穴場的な宿屋を知ってると思ったんだけど。
ニアも知らないとなると、これはいよいよ野宿を考えないといけないかもしれない。




