夢のような時間でした
在庫が空になってしまった店主はがっくりとうなだれる。
ライムは少しだけ残念そうな顔になったけど、すぐに笑みを浮かべた。
「そうなんですか。とっても美味しかったです。ごちそうさまでした!」
邪気の一切ない笑みを前にして、さすがの店主も少し驚いたみたいだった。
「あ、ああ。ご利用ありがとうございました……。またのお越しをお待ちしています……」
魂の抜けた表情でありながらも、店長はそういった。
すごいな。商売人の鑑だ。
だけどさすがにそこが限界みたいだった。
その場でがっくりとひざを突く。
「ここまでか……。十年かけてようやく王都の中央に店を構えることができたというのに……。また、一からやり直しだな……。はは、商売は怖いな……」
ライムに対して恨み言一つ言わないのはさすがというべきだよね。
そこに店員たちが詰めかけてきた。
「店長、もう店の倉庫が空です!」
「そんなことはわかっている! 今全部食べられたばっかりだ!」
「い、いえ、それが、それだけじゃないんです!」
「……それだけじゃない? どういう意味だ?」
「店のお酒も、他の料理も、全部完売です!」
「………………は?」
店主は最初その意味が分からないみたいだった。
「完売? どういう意味……はっ、まさか!」
慌てて周囲のお客さんたちに目を向ける。
お酒が入っているせいでみんな大騒ぎし、ライムにつられるようにして飲んだり食べたりの大騒ぎになっていた。
ライムの真似をしようとして一皿目で倒れた者も一人や二人じゃない。
騒ぎが騒ぎを呼んでお祭り騒ぎは店の外にまで広がり、お酒もご飯も飛ぶように売れたんだ。
それに、ライムはたくさん食べるけど、けっして食べ捨てるようなことはしない。
一つ一つをちゃんと味わうし、本当に美味しそうに食べる。
だから見てる側もお腹が空くんだよね。
そんなところにおひとつどうですかと勧められれば、ほとんどの人は断らない。
そういうわけで、瞬く間に売れていったんだ。
「快挙ですよ! 10日分の食料が、たったの1日で全部完売です!」
「完売……? は、はは……。まさに奇跡だな……。これをおまえたちがやったのか……?」
「いえ、わたしたちにもなにがなんだか。とにかく途中から注文が入り続けるようになって、いったいなにが起こったのかわからないのですが……。とにかく、完売です! 赤字どころか、大黒字ですよ!」
「偶然こんなことが……? いや、商売に偶然なんてありえない。誰かがこの騒ぎを利用して仕掛けたんだ。しかし、いったい誰が……」
店主が辺りを見回したけど、お祭り騒ぎの店内はもうなにがなんだかわからなくなっていた。
「カインさん、どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。それよりライムはお腹いっぱいになった?」
「はい! たくさん食べれて夢のような時間でした!」
「そう。ならよかったよ」
ライムが悪いわけじゃないけど、ライムのせいでお店に迷惑をかける形になっちゃった面はある。
それになにより、ライムは美味しいご飯をお腹いっぱい食べられてとても幸せそうだ。
僕には美味しいご飯を作ってあげることはできても、お腹いっぱい食べさせてあげることはできない。
だからまあ。
お礼としてこのくらいは、ね。




