美味しそうな匂いがします
王都には宿屋が多いけど、同じくらい食堂も多い。
旅人が多いから当然だよね。
それだけにどこも客引き合戦は熾烈だ。
僕らがご飯を食べるところを探している、と見抜いた店員さんたちが一斉に集まってきた。
「お二人は新婚旅行かい? うちの自慢のメニューを是非食べていってくんな。いい旅の思い出になること間違いなしだぜ」
「新婚旅行ならうちの店が一番だよ。なんてったって眺めは王都一だからね! 告白成功率ナンバーワンの店としても有名なんだよ!」
「やめとけそんなぼったくり店なんて。せっかくの旅費が一日でなくなっちまうぞ。その点うちは安くて早くて美味いをモットーにしてるんだ。損はさせないから是非うちに来てくれよな!」
「え、えっと……」
次々に話しかけられて、ライムはすっかり目を回してしまっていた。
押しの強い接客は他の街では見られないものだから、ライムもびっくりしているみたいだ。
いつも以上に客引きの人が多いのは、やっぱり今がイベント期間中っていうのがあるんだろうね。
僕もとなりにいるんだけど、客引きの人たちはライムに狙いを定めていた。
決定権はライムにあることを見抜いているようだ。
その通りだから、別にいいんだけどね。
実際ライムが行きたいといったらその店にするつもりだったし。
むしろそれを一目で見抜いたこの街の商売人の方がすごい。
さすがは熾烈な競争で知られる王都の中心街に店を構えるだけはあるってことなのかな。
それくらいじゃないと生き残れないんだろうなあ。
僕にはとてもできる気がしない。
やっぱりアーストの町みたいなところの方が性に合ってるかな。
「えっと、えっと、あの……」
ぐいぐい来る人たちに囲まれて、ライムは言葉に詰まっていた。
基本的には人見知りしないライムだから、たくさんの人に囲まれて驚いているというわけじゃなさそうだ。
きっと一度にたくさんの人から話しかけられたから混乱してるんだろう。
それにみんな言うことは違うから、なにを基準にして決めたらいいかわからなくなっちゃうしね。
僕だったら安くて早くて美味しいご飯がいいんだけど、ライムの決め手は別だった。
迷っていたライムが、急に一つの方向に顔を向けた。
「くんくん……。なんだかとっても美味しそうな匂いがします!」
ふらふらとした足取りで匂いの元へと向かう。
その先にあったのは、店先でもうもうと煙を立ち上らせている一軒の料理屋だった。
美味しそうな匂いの正体はその煙だ。
お肉にかける濃い味のタレをわざと焦がすことで、香ばしい匂いを作り出しているみたいだった。
そして、その手法には見覚えがあった。
「おっ、誰かと思えば新チャンピオンじゃねえか!」
いつかの大食い大会で戦った大食いチャンピオンが店先に立っていた。
声をかけられたライムが首を傾げる。
「あれっ? えーと、どこかで会ったような……」
「おいおい、サイドタウンの街でやり合った仲だろう」
「んん……? ああっ! あのときのいっぱい食べる人ですね!」
どうやらライムも思い出したみたいだ。
「あのときのご飯は美味しかったですね!」
屈託のない笑みを浮かべるライム。
あの激戦の記憶も、ライムにとっては「美味しいご飯をいっぱい食べた」でしかないみたいだ。
これにはチャンピオンも苦笑していた。
そこに、店の奥から店主らしき人が出てきた。
「話には聞いていたけど、あんたみたいな美女がチャンピオンとはねえ。ならこいつに挑戦していったらどうだい?」
そういって店先に掛けられた看板を指し示す。
そこにはこう書かれていた。
『大食いチャレンジ挑戦者募集中! 1000Gで食べ放題!』
「なっ!? ばか、やめろ!」
チャンピオンが慌てて店主を止めに入った。