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穏やかな一日

「うーん、今日は平和だなあ」


 思わずそんな声が僕の口からこぼれた。

 それもそのはず、今日はやることがまったくないんだ。


 家の掃除は以前完璧に近いほど徹底的に行ったため、当分は簡単なものだけで十分だ。

 頼まれているポーション類も、ライムが手伝ってくれたおかげで予定よりも早く作り終えることができた。

 食材も買い込んだ分がまだ残っているし、料理も昨日の残り物を使う予定だから新しく作る必要もない。


 特に予定がなにもない、久しぶりにまったく暇な一日だったんだ。

 暇を持て余す僕の横にはライムも座っていた。


「今日は静かな日ですね」


「そうだね。なんだかんだで、こんな日は久しぶりかもね」


 最近はずっとクエスト続きだったから、たまにはこんな日があってもいいよね。

 また本でも読もうかな……。

 なんてぼんやり考えていたら、ライムの立ち上がる気配があった。


「なにか飲み物でも取ってきましょうか?」


「そうだね。お願いするよ」


「はいっ」


 弾んだ笑みを見せると、台所へと向かっていった。


 その後ろ姿を見て、僕はなんとなくライムの変化を感じていた。

 昔のライムはずっと僕にべったりで、フォークの使い方も知らないような女の子だった。

 だけど今では人間の生活に溶け込み、一緒に料理までするようになっている。


 お風呂の入り方はまだ練習が必要だけど……。

 でも、それも時間の問題だと思う。

 町の人とも仲良くなってきたし、ライムはもうすっかり人間の生活になじんでいた。


 そのせいもあってか、今では自分から色々とできるようにもなった。

 こうして自分で飲み物をとってきたりもするし、時々一人で町に遊びに出かけることもある。

 人間の生活に慣れてきたっていうのもあるんだろうけど、なんていうか、精神まで人間に近づいたような感じがするんだ。

 見た目だけでなく、考え方まで人間そっくりになってきたっていうか。


 そんなことを考えながら台所に立つライムの後ろ姿を見ていると、なんだか自分でもよくわからない安心感に包まれた。

 最初は服の存在すら知らなかったライムが、今ではエプロンをつけて台所に立っている。

 考えただけでも、ものすごい成長だ。

 そもそも汚れても体内に取り込んで排出できるライムにエプロンは必要ないはずなんだけど。

 きっとどこかで、料理中はエプロンをするものって聞いたから真似してるんだろう。


 でも、それだけじゃない。

 うまくはいえないけど、台所に立つライムの後ろ姿を見ていると、なんだか満ち足りたような気持ちになるんだ。

 なんだろうこの感じ。

 心がとても温かくなるというか、安心できるというか。

 ライムが僕の家の台所に立っている、ということが、何かものすごく特別なことのように感じられるんだ。


「カインさーん、できましたよ」


 ライムが二つのカップを持ってくる。

 蜂蜜を薄めたお湯の上に刻んだ香草を浮かべたものだった。

 一口飲むと、蜂蜜の上品な甘みが広がるけど、後を引かずにすっと消えていく。そしてハーブの香りだけが口の中に残された。

 蜂蜜もハーブも、どちらも多すぎても少なすぎてもいけないんだけど、これはちょうどよくブレンドされていた。


「ありがとうライム、とても美味しいよ」


「やったー、カインさんに喜んでもらえてわたしもうれしいです」


 ライムが両手をあげて喜ぶ。


「飲み物を作るのもすごく上達したね」


「前にカインさんに作ってもらったのを真似してみたんです」


 確かに一度同じものを作ったことがあった。

 でも配分比までは教えていなかったはず。

 一度飲んだだけでわかっちゃうなんてさすがだね。


「ライムも座って飲みなよ」


「それじゃあおとなり失礼します」


 僕のとなりに座ると、蜂蜜湯をすする。

 なにをするわけでもない時間がゆっくりと進んでいった。


「今日はゆっくりできていいですね」


「そうだね」


「~~~♪」


 ライムが機嫌良さそうに僕に寄りかかってきた。


「いつもこうだったらうれしいです」


「毎日こうだったら仕事なくなっちゃうよ」


「お仕事中の色々なカインさんを見れるのもそれはそれでうれしいですけど……」


 そういって僕の腕を取るように抱きついてくる。


「こうして一緒にいられるのが、わたしは一番うれしいんです」


 いつもならライムのストレートなセリフが恥ずかしくて仕方ないんだけど。

 今日はなぜだか違っていた。

 ライムの成長を見て僕もちょっとうれしくなっていたからなのかな?

 素直な気持ちが口からあふれてきた。


「そうだね。僕もライムと一緒になれてうれしいよ」


 ライムと出会うまで、僕は一人で生きていた。

 レベル1でスキルもない僕なんかが誰かと一緒になるなんて思えなかったし、それが当たり前だと思っていた。

 こうして誰かとずっと一緒の毎日を送るなんて想像もしてなかったんだ。

 でもライムがいてくれたことで、僕も少しは変われたんだと思う。


 寄りかかるライムの体がさらに密着してきた。


「今日のカインさんはいつも以上にステキで、幸せです……」


 そういうライムの顔は、まるで眠るように穏やかだった。


「カインさんといっぱいお話ししたり、お散歩したり、美味しいものを食べたり、楽しいことはいっぱいありましたけど、こうしてなにもしてない時が一番幸せって、なんだか不思議ですね」


「たしかにそうだね」


 デートしたり、旅行に行ったり、一緒に何か特別なことをしたり。

 恋人と呼ばれるような人たちは、そういうことを毎日してるんだろうなって思ってたけど、もしかしたら違ったのかもしれないね。

 だってこうしているだけでも、とても満ち足りた気分になるんだから。


 気が付くと、僕らはどちらからともなく手をつなぎ合っていた。

 ライムのあたたかくてやわらかな手のひらが僕の手を包む。


「えへへ……。幸せすぎて、怖いくらいです」


「怖いなんてことはないよ。これが普通なんだよ。きっと」


 僕も、ライムも、出会うまで僕たちはずっと一人だった。

 孤独だった頃のライムの苛酷さに比べれば僕の悩みなんてちっぽけなものかもしれないけど、それでもきっと、僕は救われたんだ。


「ずっと、ずっと、ずーっと、一緒にいてくださいね」


 そんなライムのお願いに答える代わりに、僕はつないだ手に力を込めた。

 その約束だけは必ず守るよ、というように。

今まで一日二回更新でしたが、ちょうど切りもいいので今日は一回更新にしたいと思います。

次話から「クエスト4:ゴールデンスライムの涙」が開始します。

いつも通りライムとあれやこれやしたり、たまにはちょっと違うこともする話になる予定ですので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。


皆様のおかげでハイファンタジー日刊6位、週刊9位、月刊40位になることができました。

本当にありがとうございます。

これからも更新を頑張っていきたいと覆いますので、もしよければ下記評価欄から評価、感想など送っていただけるとうれしいです!

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