お風呂屋さん3◇
湯船からすぐにあがる人もいれば、長くつかっている人もいる。
僕は長風呂派だ。
ゆっくりつかって体の芯から温まっていくと、全身の疲れが溶け出していくのを感じるんだよね。
とはいえあんまり長くいるとライムたちを待たせることにもなっちゃうし、もう少ししたらあがろうかな……。
いやでもやっぱり、もうちょっとくらいなら……。
そんなことをぼんやりと思いながらお風呂に肩までつかっていると、耳元で小さな声が聞こえた。
「カインさん……、カインさん……」
ライムの声だった。
てっきりまた壁越しに話しかけられているのかと思ったけど、それにしては声は小さいし、なんだかすぐ近くから聞こえるような気がする。
というか、むしろ真後ろから聞こえるような……?
でも僕の後ろは壁のはずだ。
そう思って振り返ると、水面が盛り上がるようにして半透明のライムが上半身だけ姿を現した。
「え、ええっ……!? ライム、どうしてここに……!」
声をひそめて驚く。
半透明だったライムの体が徐々に輪郭をはっきりさせてきた。
赤くなった顔で照れたような笑みを浮かべる。
「それが、お風呂があまりに気持ちよすぎて、すっかり体が溶けちゃいまして……。そうしたらお風呂の中にカインさんのところまでつながる小さな穴を見つけたので、こうして通ってきたんです」
顔が赤くなっていたのは、どうやら少しのぼせたからみたいだ。
ライムの正体はスライムで、人間の姿を真似ている。
だから本来のスライムの姿になることでお風呂の配管も通れるようになったみたいだね。
「それはわかったけど、ライムはこっちに来たらダメなんだよ」
「そう、なんですか……?」
やっぱりまだよくわかってないみたいだった。
男湯と女湯に分かれる理由も理解してなかったみたいだし、スライムとして生きてきたライムにはまだ人間の常識は難しいのかもしれない。
だからといって今の状況が色々とまずいことに変わりはないんだけど。
「とにかく、今は向こうに戻らないと」
「でも……。なんだか体が熱くて……、うまく変身できないんです……」
そういうライムの体は、全身が熱くなっていた。
それにぐったりと疲れているようにも見える。
スライムの姿でお風呂の中を潜ってきたから、普通よりも早くのぼせちゃったみたいだ。
まだちょっと半透明だからお風呂につかっていれば見えないと思うけど、これ以上になると他のお客さんにも見つかっちゃうかもしれない。
「おいカイン、一人でぶつぶつ言ってどうしたんだ?」
「ううん!? 全然なんでもないよ! やっぱりお風呂はいいなーって思って!」
近くにいたお客さんに怪しまれてしまった。
あわててライムを背中に隠す。
ううっ……。壁に押しつけるみたいな格好になったので、背中になにか柔らかいものが当たっているよ……。
ダメだダメだ。気にしないようにしないと……っ。
「お、そうか。確かにいい湯だからな。長くつかりすぎてのぼせるんじゃないぞ」
「う、うん。心配してくれてありがとう」
「なに、気にするな。カインにはいつも世話になってるからな。お前に倒れられたら俺たちも困るんだ!」
「あはは……、ありがとう」
そういってくれるのはうれしいけど、今に限っては早く解放してほしい。
いつライムが見つかるんじゃないかと気が気でなくて、つい背中に力が入ってしまい、さらにライムを押し付ける格好になってしまった。
「ごめんライム。少しだけ痛いかもしれないけど、ガマンして」
「は、はい」
とにかく今は隠すようにぐいぐいとライムを押す力を強くした。
ライムが見つからないようにすることの方が先決だからね。
その際に、手がライムの肌に触れた。
これはお腹のあたりかな?
お湯の中でふやけているのがわかった。
やっぱり長くお風呂につかってるのが原因なのかな?
すっかりゼリーみたいに柔らかくなっているし、これじゃあ少し力を入れるだけで手が中に入ってしまいそうだ。
気をつけないといけないね。
「どうしたんだカイン。やっぱり誰かいるのか?」
「ううん!? 誰もいないよ!」
声をかけられて、とっさに後ろへ動いてしまう。
その拍子に……。
「……~~~ッ!?」
僕の手がゼリーのように柔らかくなっていたライムの中に入ってしまい、ライムが声にならない声を響かせた。




