もう一人じゃないんだよ
「どうしたの?」
僕がたずねると、王都のある方向を見つめたまま、ライムが小さな声でつぶやいた。
「……人間の王様には、昔から何度も追いかけられたので」
いつも快活なライムが表情を暗くさせ、自分の体を抱くようにして震えていた。
ライムは世界中の冒険者が追い求めている幻のレアモンスターだ。
僕なんかでは想像もできないような辛い目にも遭ってきたんだろう。
遠いまなざしで遙かかなたを見つめるライムの横顔は、平凡な人生を送ってきた僕には今まで一度も見たことがないような顔だった。
世界中の人間から命を狙われ、隠れながら生きていくというのは、きっとものすごく孤独なことなんだろう。
「ライム、ちょっとこっちに来て」
「あ、はい。なんですかカインさん」
ライムが小走りで寄ってくる。
「ここの地面を見て。小さな赤い花をつけた草があるでしょ。これが探してた薬草なんだ」
「もう見つけるなんて、さすがカインさんですね」
「こんなことは誰でも知ってるから、全然すごいことじゃないけどね。じゃあそれをひとつ取ってくれる」
言われたとおりにライムが薬草を引っこ抜く。
「そうしたら、真ん中の花を軽くつまんでほしいんだ」
「こうですか?」
二本の指で花をつぶすと、水滴の弾けるような音が響く。
花の蜜があふれ、同時に甘い香りが立ち上った。
「うわあ、美味しそうな匂いですね」
よだれを垂らし気味の表情でつぶやく。
「この花の蜜には傷を癒す効果だけじゃなく、鎮静効果もあるんだ」
「ちんせいこうか? ですか?」
「不安が消えてリラックスできるってこと。つまり、さ……」
言おうとした言葉がうまく出てこなくて、一度口ごもる。
「ライムも昔は色々あったのかもしれないし、それがなんなのか僕にはわからないけど。でも、もう心配しなくてもいいよっていいたくて。この辺りにはライムを狙うような怖い人もモンスターもいないから」
僕が守ってあげるよ、とは、さすがに言えるわけなかったけど。
それでも言いたかったことが十分に伝わったのは、ライムの表情を見ればすぐにわかった。
「……はい! ありがとうございます!」
さっきまでの暗い表情はすっかり吹き飛んで、太陽みたいに明るい笑顔になっていた。
まぶしすぎてまっすぐ顔を見れないくらいだ。
……恥ずかしいからじゃないからね?
「やっぱりカインさんは優しいです。ますます好きになっちゃいました」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
そんなにストレートに言われるとさすがに恥ずかしくなってしまう。
ライムはニコニコと嬉しそうなままだ。
前から思ってたけど、どうもライムには恥ずかしいとかそういう感情は少ないみたいだ。
「とにかく、元気になってくれてよかったよ」
「はい! おかげでカインさんとの子供がますます欲しくなっちゃいました!」
「女の子がそういうことを大声でいうものじゃないと思うけど……」
こういうところも僕たちとはちょっと感覚が違うよね。
「あ、そ、そうですよね。ごめんなさい」
しゅんとしおれた表情になってうなだれる。
「交尾は雄から誘うものですもんね。……はい、どうぞ。いくらでも襲ってください」
目を閉じ僕に向けて両腕を広げる。顔はどことなく恥ずかしそうにしていた。
……一応そういう感情はあるんだね。
僕とはちょっとだけズレてるみたいだけど。
だいたい襲ってくださいとかいわれても、いくら人がほとんどこないとはいえさすがにこんなところではちょっと……いや待って、そういう問題じゃない。
どうもライムの性格に影響を受けすぎてる気がする。
ライムはまだ子供みたいというか、人間の生活に慣れてないんだから、僕がしっかりしないとね。
「じゃあ薬草を集めようか」
目を開けたライムがちょっと唇をとがらせていたけど、すぐに笑顔になった。
「そうです、それが目的でした」
「さっきと同じものを探せばいいから。この辺にたくさん生えてるはずだから、手早く見つけて帰ろうか」
「はい。交尾は巣でするものですからね!」
まだあきらめてなかったのか……。