散歩と買い物デート1
鍛冶師であるスミスさんの工房からはいつも鉄を打つ音が聞こえてくる。
ついでにものすごい熱気も漂ってきた。
ちょうど仕事中だったみたいだね。
出直した方がいいかなとも思ったんだけど、僕らの姿を見つけると鉄を打つ音に負けないくらいの大声で叫んできた。
「おう! よく来たな! もうすぐこいつが終わるから待っててくれ!」
そういうので外で少し待たせてもらうことにした。
中は熱いし音もすごいからね。
「おう、待たせたな! お前たちはいつも仲がいいな!」
仕事を終えたスミスさんが大量の汗をぬぐいながらやってきた。
全身から湯気を発していてすごい迫力だ。
「お仕事中にお邪魔してすみません」
「気にすんな。カインならいつでも大歓迎だからな! それで今日はどんな用なんだ?」
「用っていうか、スミスさんにプレゼントがありまして」
「プレゼントだぁ?」
僕は手のひらほどの大きさの鉱石を取り出した。
七色に輝く不思議な質感の鉱石……、竜の里から拾ってきた虹の欠片だ。
以前にスミスさんになにかお礼をしようと思ったんだけど、結局スミスさんが一番喜ぶのは珍しい素材だってことがわかったから、スミスさん用にひとつ持ってきたんだ。
一目見た瞬間に、スミスさんの目が驚愕に見開かれた。
「こ、これは……!」
鍛冶師の無骨で大きな手が震える。
鉱石の欠片を手に取ると、見開かれた瞳でそれを見つめた。
「なんだこりゃあ、とんでもねえ魔力だ……。こんなん見たことも聞いたこともねえ……。量だけじゃなくて、質も桁違いだ……。おいカイン、いったいどこで手に入れた……いや、そもそもこれはなんなんだ?」
「それは虹の欠片です」
「虹の欠片だあ!?」
スミスさんが大声で驚きの声を上げた。
「それは存在しない鉱石のはずだろう!」
「僕もそう思ってたんですけど、実は竜の里にあったんです」
「竜の里? それこそ伝説じゃねえのか??? まてまて、わけがわからねえ。いったいどういうことなんだ」
「ええっと、実はですね……」
僕はシルヴィアたちと果ての草原まで行ったときのことを説明した。
話を聞き終えたスミスさんが、感心半分、驚き半分といった感じでうなる。
「虹の欠片探しのクエストか……。それは若手騎士団を試すためのもので、虹の欠片探しは方便だと思ってたんだがな」
昔は王都で結構名前の知られた鍛冶師だったっていうから、騎士団のことも知っていたみたいだ。
「僕も虹の欠片は存在しないおとぎ話みたいなものと思ってたんですけど、ちがったみたいですね」
「それにしてもさすがはカインだな。竜の鱗に続いて、虹の欠片まで手に入れちまうなんて」
ほめてくれるスミスさんに、僕はあわてて首を振る。
「今回は僕はなにもしてないですよ。見つかるなんて思ってなかったですし。果ての草原の果てまでいったら戻ってくるつもりだったんですけど、そこでたまたま……竜の里の入り方を知ってる人に会ったんです」
エルのことは黙っておくことにした。
町に人間の姿に変身したエルダードラゴンがいるなんて知ったら、さすがのスミスさんも驚くと思うし。
「たまたま会ったって……すごい偶然だな。そんな奴が世界で何人いることか……。たとえ偶然だとしても、やっぱカインは何か持ってるんだろうな」
「そんなことないと思いますけど……」
僕は乾いた笑いを返した。
実際は、僕の気配を感じたエルが探しにきたらしいから、偶然じゃないんだけど。
エルダードラゴンはエルと、エルのおじいさんの二人しかいないから、竜の里への入り方を知ってる人は世界で二人しかいないことになる。
そんな人と偶然会うなんて普通はないよね。
僕とスミスさんの話を聞いていたライムが声を上げる。
「でも、虹の欠片にはわたしも触れなかったのに、カインさんだけは手に取れたんです!」
「へえ、なるほどなあ。やっぱりカインは特別なんだな」
「はい! カインさんはすごいんです!」
僕のことなのになぜかライムが笑顔を浮かべている。
「それで、この伝説の虹の欠片でなにを作るんだ?」
「いえ、それは日頃お世話になっているスミスさんへのお礼なので、スミスさんが好きに使ってください」
「おいおい、マジかよ。竜の鱗なんて比較にならないくらいのレアアイテムを気前よくあげるなんて、相変わらず欲がないというか、太っ腹な奴だな」
スミスさんが豪快に笑う。
ライムが不思議そうに僕のお腹を見ながら首を傾げた。
「ふとっぱら……? カインさんのお腹は普通だと思いますけど……」
スミスさんがさらに大きな笑い声をあげる。
「気前がいいなって意味だよ!」
「なるほど。つまりやっぱりカインさんはすごい人ってことですね!」
確かに虹の欠片はものすごいレアアイテムかもしれないから、それをただであげるなんて普通はしないのかもしれないけど……。
「僕には必要ないものなので」
「だが俺の生き甲斐は最高の物を作ることで、物そのものには興味ねえんだよ。もし俺のためだというのなら、この素材を使った最高の何かを注文してくれた方がうれしいぜ」
そういえば前もそんなことをいっていたっけ。
物には興味がないって、スミスさんこそ欲がないと思うんだけどな。
「とはいえ、急にそんなことをいわれてもなにも思いつかないんですけど……」
「なんでもいいぞ! 剣にすれば神々すら切り裂ける魔法剣となるだろうし、盾にすれば隕石の一撃にも耐える最強の盾となるだろう!」
そんなにすごいものだったんだ。
とはいえスミスさんの性格を考えれば、だいぶ誇張してるんだろうけど。
「隕石なんてわたしが殴り返しますから、そんな物いらないですよ!」
ライムが謎の対抗心を燃やしていた。
いくらライムでも隕石は無理じゃないかな。
「がははは! さすがライムちゃんだな!
とはいえカインなら確かに武具はいらないっていうんだろうな。だったらナイフとかはどうだ? どんな獲物でも捌ける名ナイフを作ってやるぞ!」
確かにそれは便利そうかも。
でもナイフも包丁も今ので十分だし、研ぎながら使ってればまだまだ壊れそうにないからなあ。
今でも使えるのに、新しいのを作るのはもったいないよね。
「そういえば、このあいだ使ってたお玉が壊れたんだっけ。どうせならそれを作ってもらおうかな……」
僕がつぶやくと、スミスさんが大笑いした。
「これほどの材料を使ってお玉を作れってか! 相変わらずさすがだな!」
「ダメだったですか?」
鍛冶屋にそんな物を頼むなんてひょっとしたら失礼に当たるのかもと思ったけど、スミスさんは笑って否定した。
「そんなことはないさ。俺に料理道具を頼んでくるのもカインくらいだからな。喜んで作らせてもらうぜ!」
どうやら大丈夫だったみたいだね。
僕もほっとして頼むことにした。




