掃除と洗濯2
半日はかかると思った家の大掃除だったけど、ライムが手伝ってくれたおかげですぐに終えることができた。
おかげでお昼まで時間が余っちゃったよ。
かといって、出かけるほどの時間があるわけではないし……。
うーん、せっかくだから本でも読もうかな。
前に買った薬草のレシピ本がまだ読みかけだったんだよね。
レベル1でスキルもない僕は薬草作りくらいしか取り柄がないから、なるべく勉強するようにしてるんだ。
それに、作れる薬草の種類が多いほど、いろんな人の助けになることができるからね。
僕が本を読みはじめるとすぐに、ライムが正面のイスに座った。
ライムも何かするのかなと思っていたけど、そのままテーブルに頬杖を突いてまっすぐに僕を目を向けてくる。
その姿勢のままニコニコと僕を見つめ続けていた。
「……あの、どうしたの?」
「なんでもないです。気にしないでください♪」
「そ、そう……?」
ライムがそういうので僕はまた読書に戻った。
お昼前の静かな時間だから読書もはかどるし、開いた窓を通り抜ける風も心地いい。
それに家も掃除をしたばかりだからね。
空気も輝いて感じられる。
絶好の読書日和だった。
けど……。
「真剣なカインさんの顔もステキです……。でへへ……」
ライムが緩み切った表情で口からよだれを垂らしている。
それだけなんだけど、ニッコニコの笑顔で真正面から見つめられていると、どうしても気になって落ち着かない。
「あの、ライム……」
「……はっ、大丈夫です! わたしはこのままで平気ですので!」
「そういわれても僕が気になっちゃうから……」
そういうと、ライムの表情が見るからに曇っていった。
「あ、お邪魔でしたか……? そうですよね、ごめんなさい……」
しゅんとうなだれるライムに向けて、僕は言ってあげた。
「ううん。そうじゃなくてね。興味があるなら、一緒に読む?」
「!!」
跳ね上がったライムの顔がぱあっと輝いた。
「はい!」
元気よく返事をすると、テーブルを乗り越えて文字通り僕の横へと飛んでくる。
あんまり行儀がよくないけど、今回は何も言わないことにした。
ライムが僕の横にぴったりとくっつくように座る。
「えへへー。カインさんのとなりですー」
ただそれだけのことなのにとてもうれしそうだ。
それから僕の持つ本を興味深そうにのぞき込んできた。
「このぺらぺらしたのはなんていうんですか?」
「ライムは本を知らないんだっけ?」
「ほんっていうんですか? 薄いものががたくさんついてて、変わってますね」
珍しそうにページをペラペラとめくっている。
どうやら本当に初めて見たようだね。
「これは薬草とかの作り方が書いてあるんだよ」
「うう……、なんだか難しそうです……」
文字だらけのページを見てライムが顔をしかめる。
初めて本を見たのならそうなるのもしかたないかな。
「文字が多いから最初は難しそうに感じるかもしれないけど、慣れれば平気だよ。例えばこれとか……」
僕が開いたのはとある果実のページだった。
これはとても美味しくて栄養も多いことで有名なんだ。
だから薬草というよりは、ジャムにしたりとか、そういう使い方の解説が多い。
内容もそういうイラストが多いからとても見やすいし、何よりとても美味しそうだ。
ライムも前のめりになって見つめる。
「あ、これ知ってます! とっても美味しいんですよ!」
「食べたことあるの? けっこう珍しい果物なんだけど」
「確かにあんまり見なかったです。だから見つけたときはすごくうれしかったですね」
養殖が難しいせいで市場になかなか出回るようなものではないんだけど、自然の中で生きてきたライムは知ってたみたいだね。
「それじゃあ、もしかしてこれも見たことあるのかな」
別のページを開いてみせる。
ライムはすぐにうなずいた。
「はい、見たことあります。食べると全身がものすごく熱くなってビリビリするやつですよね。一度食べてもう二度と食べないと心に決めました」
本気で嫌そうな顔をするライムに、僕は思わず笑ってしまう。
「あーっ、なんで笑ってるんですか! これは本当に美味しくないんですよ!」
「ああ、うん。ごめんね。ついおかしくってね。
これは調味料としてはとても優れてるんだけど、そのまま食べるとものすごく辛いんだ」
「はい、とってもつらかったです……」
思い出してまたどんよりと落ち込んでしまう。
よっぽど嫌な思い出だったみたいだね。
「でも、こんなものでもライムは知ってるんだね。それじゃあこれとかはどうかな……」
「ええと、それはですね……」
他のページを見せても、ライムはほとんど知ってるみたいだった。
今まで自然の中で生きてきたせいか色々な物を見たことがあるみたいだ。
それどころか、僕も見たことがないようなものまで知ってるみたいなんだよね。
どれを聞いても返ってくるのは食べた感想なのがライムらしいけど。
本当に何でも食べるんだね。
でもそんな情報は本には載っていない。
ライムの話を聞くのが楽しくなってきた僕は、やがてどんどん質問するようになっていった。
そんな僕をライムがニコニコと楽しそうに見ている。
「? どうしたのライム?」
「えへへ、本って楽しいですね♪」
「喜んでもらえて良かったよ。それで、この植物なんだけど……」
「あ、はい。何度か見たことあります。食べると苦いので嫌いです」
「そうなんだ。それは知らなかったな。どのあたりに生えていたとかはわかるかな」
「えっとですね……」
話が弾んでしまい、結局僕たちは昼過ぎまで話し込んでいた。




