そうだ、旅に出よう
翌日、僕はセーラの店に向かっていた。
昨日は疲れていたのもあってすぐ家に戻っちゃったからね。
クエスト完了したことを報告しないといけない。
店にやってくると、中ではセーラとライムが話していた。
ライムはどこに出かけたんだろうと思っていたら、ここに来ていたみたいだね。
以前にもセーラの店に一人で出かけていたみたいだし、だいぶ仲良くなったみたいだ。
友達が出来るのはいいことだよね。
ライムも、僕と話してるときとは違う、ニコニコした笑顔でセーラに話していた。
「それで、昨日カインさんとキスしたんです!」
「なんの話をしているの!?」
「そしたらすっごく幸せになっちゃいまして……。キスってすっごく気持ちいいものなんですね!」
「へえ、カインはライムちゃんとキスしたんだ。へえぇ……」
なぜだかすっごい冷たい目を向けられてる。
おかしいな。
ライムにキスするよう勧めたのはセーラだって話だったけど。
「あの、ライム。そういう話はあまり人にしないほうがいいんじゃないかな」
「え、そうだったんですか? ごめんなさい!」
ライムが勢いよく頭を下げる。
「う、うん。知らなかったことはしょうがないよ。次から気を付ければ……」
「ここにくる途中に会う人全員にカインさんとキスしたって自慢しちゃいました!」
「なんの羞恥プレイなの!?」
会う人全員に自慢したって、それもう今頃町中に伝わってるやつだよ。
この町は狭いからちょっとした噂でもすぐに広まっちゃうし……。
これからしばらくは質問責めという名の嫌がらせに会うのが目に見えている。
「そうだ、旅に出よう」
「どうしたのよ急に」
「いま突然なぜだか遠出する必要のあるクエストをしたい気分になったんだ」
「逃げたところでなにも変わらないと思うけど」
セーラが冷静なツッコミをしてくる。
ううっ、さすがに付き合いが長いだけあって僕のダメなところをよく見抜いている。
「でもまあ、そういうのならちょうどいいのがあるわよ」
そういってまだクエストボードに貼りだしてないクエストを取り出した。
「これはつい昨日依頼されたばかりなんだけどね。ちょっと条件が難しいし、どうしようかなって思ってたけど、カインが乗り気なら頼んじゃおうかしら」
「それはどんなクエストなの?」
セーラが出し渋るなんて珍しい。
よっぽど難しいクエストなのかもしれない。
「難しいっていうか、競争型なのよ。クエストはあちこちに重複して出すけど、目的のものはひとつだけ。最初に見つけた人にのみ報酬を払うわってやつね」
なるほど。
その手のものは確かに多い。
競争心をあおって成果を上げようという方針なんだ。
だから、そういうのはたいてい入手が難しいものばかりだ。
強力な魔物に守られてたり、高難度ダンジョンの一番奥にあったり、そもそもどこにあるのか本当に存在しているのかもわからないものだったり。
でも今はなんでもいい。
どこか遠くに出かける口実さえあれば。
「それって参加報酬もあるの?」
「一応ね。それと多少は交通費も出してくれるらしいわよ」
さすがに成功した人のみにしか報酬が支払われないと、先を越されたときのリスクを考えてクエストを受ける人が減ってしまう。
だから最低限の参加報酬を得られることも多い。
もちろん挑戦する気がないのに参加報酬だけもらう人もいるからそこは依頼側にもリスクになっちゃうけど……。
それを知った上でも支払うくらい、依頼主にとっては欲しいものってことだ。
それくらいは僕でもよく知ってるし、クエストボードに似たようなクエストはいくつもある。
それくらいならセーラも出し渋る理由にはならないはずだ。
つまり……。
「それで、クエストの目的はなんなの」
クエストの目的があまりにも難しい。きっとそれがセーラが悩んでいた理由だろう。
セーラは一度だけ言いよどむと、なんでもないようなことのように、平静を装って告げた。
「幻の超レアモンスター、ゴールデンスライムの涙よ」