わたし今、とっても幸せです
「あー、ええと、なんていうかな。クエストが終わったあとにキスをするって約束したのは、そういうつもりじゃなかったっていうか……」
うろたえながら言葉を探していると、ライムがしゅんとうなだれた。
「私とキスするの、イヤなんですか……?」
うっ。
傷ついた表情を隠そうともしないその態度に、思わず良心が痛む。
「キスは好きな人同士でするものだと聞きました。わたしはカインさんが大好きです。だからキスしたいです。でも、カインさんはわたしのこと、好きじゃないんですか?」
「い、いや、ライムのことはもちろんその、どちらかといえば、好きなほうだと思うけど……」
「じゃあキスしたいんですね!」
「い、いや、その言い方はなんかちがうというか……」
詰め寄るように近づいてくる。
ライムの顔がすぐ目の前にまで迫ってきて、反射的に後ろへと下がってしまった。
「ちがうんですか? でもわたしはカインさんとキスしたいです……」
「なんていうか、好きだからキスしたいというのは……、まあ普通は間違ってないのかもしれないけど、この場合は少し言い方がちがってるというか……」
うう……。
上手く言葉にして説明できない。
そのあいだにもライムは傷ついた表情で僕の方を見ていた。
約束したのは僕だ。
ライムも意味がわかってないみたいだったし、きっとすぐに忘れるだろうと思って安易に約束してしまったんだ。
それは僕の責任だ。
なのにそれを一方的に破ったら、ライムを傷つけることになってしまう。
それは……ダメだ。
うまく言えないけど、それだけはダメだ。
ライムを傷つけるようなことだけは絶対にしたくない。
だから僕は覚悟を決めた。
「……うん、わかったよ」
「……!!」
絞り出すような声でうなずくと、ライムの顔がぱああっと輝いた。
そのまま僕に向かって両腕を伸ばす。
「では、どうぞ!」
うう……。
そんなニコニコの笑顔で見つめられるとよけい恥ずかしい……。
そもそもキスってこういう雰囲気でするものではないような……。
いや僕も初めてだからよくわからないけど……。
とはいえいつまでもこうしてるわけにはいかない。
僕は覚悟を決めると、ライムと唇を重ねた。
柔らかな感触に頭の中が真っ白になった。
全神経がそこに集中しているのがわかる。
柔らかくて、温かくて、少しだけしっとりと濡れていて、まるで全身が溶け合うみたいだった。
気がつくと僕らは唇を離していて、お互いに見つめ合っていた。
ライムがぺたんと腰を落とす。
無言のまま自分の唇にふれると、ふにゃりと表情を崩した。
「……えへ、えへへ。えへへへへへへへへへ」
トロトロになった顔でほほえむ。
「うまく言えませんけど、わたし今、とっても幸せです」
僕はもう恥ずかしくてライムの顔をまともに見られない。
ライムとキスしてしまった。
なんだかそれがものすごく犯罪的なようなことの気がしてならない。
なにも知らない純粋な子の無知を利用したようですごく気が引ける。
顔が燃えるように熱くなってるのがわかるし、心臓もすごくバクバクいっている。
「この気持ちはなんなんでしょう。交尾を迫られたわけでもないのに、昂ぶる気持ちを抑えられないんです……。もっとキスしたいって思うのは、わたしがヘンなのでしょうか」
それはたぶん普通のことだと思う。
僕だって初めてだから詳しくは知らないけど……。
でも、きっと、そのはずだ。
それは普通のことなんだ。
世界中の恋人たちがきっと同じことをしてきた。
だから、恥ずかしいかもしれないけど、変なことではないはずなんだ。
僕たちが恋人同士なのだとしたら。
頬を上気させてライムがにじりよってくる。
「もっとキスしたいです。わたし、もっともっとカインさんのためにがんばります。お仕事もいっぱいお手伝いします。だから……」
僕の頬を両手でつかむと、そっと唇を近づけてきた。
「ごほうびの前借り、してもいいですか……?」
僕とライムはどういう関係なんだろう。
いや、重要なのは関係じゃない。
僕はライムをどう思っているんだろう。
僕はライムが好きなんだろうか。
「………………えへ、えへへ……。キスって、とっても気持ちいいですね……」
顔を離したライムが幸せそうに笑う。
それを見ていると、難しいことなんか全部どうでも良くなって、なんだか心が温かくなってくる。
僕たちがどういう関係なのか。
その答えを本当は出さなきゃいけないんだろうけど、ライムの笑顔に釣られるようにして、いつしか僕も笑っていた。
この笑顔を守ることができたんだから、今はそれでいいと思うんだ。