神託を告げる竜
「ここが、竜の里……」
来たのはいいけど、その風景をどう説明したらいいのかわからない。
草原のような気もするし、荒野のような気もする。
確かに地面を歩いているのに、ふわふわと浮いているような気がする。
景色はぼんやりとしてて捉えどころがないのに、エルやライムなどははっきりと見ることができた。
ライムとシルヴィアも不思議そうにあたりを見回している。
なんというか、そこにあるのにそこにないというか、すごくつかみどころのない場所だった。
見た目じゃなくて、本当の意味で幻想的といえるのかも。
「ここはキミたちのいる物質世界とは違うからね。ボクも人間の体で来るのは初めてだけど、こんな感じになるんだね」
エルも少し驚いてるみたいだ。
「とりあえずまずは虹の根元に行ってみようか」
それがここに来た目的だからね。
エルに連れられて虹の根元に向かう。
やがてたどり着いた場所にあったのは、アーチを描く七色の光だった。
「本当に、虹の根元があるんだね……」
思わず感嘆のため息が漏れてしまう。
「ボクは見慣れてるけど、人間にとっては珍しいものなの?」
「そうだね。こんなに近くで虹を見るのは初めてだよ」
そもそも虹ってどんなに近づこうとしても近づけないものだ。
だからこんな風に目の前にあるなんてこと自体が珍しくて、なんだか感動してしまった。
「すごいキレイですー」
「ああ、まるで夢のようだ」
ライムとシルヴィアも目を輝かせて魅入っている。
根元の地面に目を向けてみると、辺りが虹色に輝いていた。
シルヴィアが腰をかがめて近づいていく。
「もしやこれが虹の欠片なのか」
「たぶんそうじゃないかな」
なにしろ僕も見るのは初めてだから。
シルヴィアが手を伸ばして拾おうとする。
けど、手は地面をすり抜けてしまい、虹の欠片をつかめることはできなかった。
「む。触ることができないようだが」
「あれ、そうなの? ボクは普通に取れるけど」
エルが手を伸ばすと、普通の石みたいにつかんで取ることができた。
だけどそれをシルヴィアの手のひらに乗せると、そのまますり抜けて落ちてしまう。
虹の欠片が音もたてずに地面に転がる。
これにはエルも驚いたようだった。
「もしかしてボクたちドラゴンにしか触れないのかなあ」
「それじゃあわたしがやってみますね!」
ライムがさっそく手を伸ばす。
確かにドラゴンの鱗を取り込んだことで半分ドラゴンになっているライムなら触れるかもしれない。
と、思ったんだけど。
「……あれれ」
地面に向かって伸ばしたライムの手も、やっぱりすり抜けてしまった。
うーん、どうやらこれはエルにしか触れないみたいだ。
「これじゃあ持って帰るのは無理かな……」
不意になにか威圧感のようなものを感じて振り返ると、いつのまにかすぐそばに巨大な山がそびえていた。
とてつもなく大きくて、首を真上にあげても頂上が見えない。
それに右から左まで、視界いっぱいを遮るほどに巨大だ。
木も生えてないし、山というより岩山という感じかも。それか巨大な壁だ。
それにしても、いったいいつのまにこんなものが出来たんだろう。
こんなに存在感のあるものに気が付かないなんて考えられないし……。
エルもその山に気が付くと、気さくに声をかけた。
「あ、ただいまじいちゃん」
「え!?」
エルのかけた言葉に意味に気が付いて、思わず驚きの声を上げてしまった。
「これが、ドラゴンなんですか……?」
ライムですらも圧倒されたように見上げている。
もはや大きいとかそういうレベルじゃなかった。
巨大な山だと思っていたそれがのそりと動いた。
ような気がした。
なにしろ大きすぎてよくわからない。
空よりも遙かに高い位置から声のようなものが響いてくる。
『戻ったか。……む』
視線のような威圧感を感じる。
圧力のある視線なんて初めてだ。
僕だけじゃなく、ライムとシルヴィアも押さえつけられたように動けなくなっていた。
『人間がこの地に足を踏み入れるのは久しぶりだな』
「初めて出来たボクの友達なんだ。虹の欠片がほしいっていうから連れて来ちゃった。いいよね?」
「えっと、あの、お邪魔しています……」
恐縮しながら声をかける。
たぶん上に頭があると思うんだけど、さすがにちょっと自信はない。
『……ほう』
感心するような声が響く。
巨大な山だったそれが急速に小さくなり、小柄な老人の姿になった。
『我を見て萎縮せぬか。さすがに適正はあるということか』
「老人の姿になるエルダードラゴン……。まさか……」
その姿は神話の中に描かれている。
神の言葉を勇者に伝え導いたとされる、神託を告げる老人。
神託を告げる竜、エルダードラゴン。
かつて神話の時代にいたとされる伝説の竜が、今僕の目の前にいた。




