警戒態勢
顔を真っ赤にしたシルヴィアだったけど、すぐに表情を引き締めた。
「カイン殿も感じたのか」
「うん。シルヴィアも感じたから隊を止めたんでしょ」
「どうも良くない噂が広がっているようでな。巨人族が攻めてくるとか何とか……。根拠はなにもないようなのだが」
「このあたりでも巨人族がいないわけじゃないから、絶対に会うことはないとは言い切れないんだけど……」
「わかっている。我が国でも目撃例は数例しかない。出会うことはまずないだろう。とはいえ隊が不安になっているのも事実だからな。
……念のために聞くが、カイン殿は巨人族でも手懐けられたりするのか?」
「さすがにそれは難しいかな」
知性のある巨人となら意志疎通も図れるだろうけど、そもそもそういう巨人は人間を襲わないからね。
襲ってくるのは暴走した巨人族だけなんだ。
そしてそういう巨人族から逃げる方法はない。
見つかる前にこちらから離れるしかないんだ。
「僕にはなにもできないけど、ライムはどうかな?」
となりのライムが首を傾げる。
「巨人族って、おっきい人間みたいな奴らのことですか?」
「そうだね」
「それなら、わたしもわからないです。見かけたことなら何度かあるんですけど、そもそもサイズが違いすぎて関わることはなかったので」
人間と巨人でもサイズはかなりちがうけど、スライムだった頃のライムは今よりもさらに小さかったはず。
巨人の目からだとライムはほとんど見えなかったのかもしれないね。
象が蟻をわざわざ認識しないようなものかも。
「でも、戦いになればもちろん負けません! カインさんの身は私がお守りしますから!」
両手の拳をぐっと握って頼もしいことをいってくれる。
「うん、ありがとう。でも出来れば戦いにならない方法がいいかな」
ライムが負けると思ってるわけじゃないけど、不要な戦いは避けるに越したことはない。
そもそも全身をオリハルコンに変えられるライムなら、物理攻撃が主体になる巨人族と戦っても負けることはないはず。
それよりも、巨人族と素手で渡り合える女の子がいる、なんて話題になるほうが問題だ。
シルヴィアも神妙にうなずいている。
「私もライム殿の強さを疑うわけではないが、我が隊には私を含めてもライム殿ほどの強さを持つ騎士は一人もいないからな。戦いとなれば損害は避けられない。
もちろん出会ってしまえば勇敢に戦うだろうが、戦いを避けられるならそれに越したことはない。
監視体制を強化し、巨人族が現れてもすぐに発見できるから心配はいらない、と通達しよう」
「そうだね。それが一番いいかな」
その分、進行速度は遅くなるだろうけど、安全には変えられないからね。
「私に任せてくれれば、巨人だってなんだって、カインさんの敵となる奴はすぐに見つけだしてみせますよ! ……あっ」
そう息巻いていたライムが、急になにかに気がついた。
「どうしたのライム……」
たずねた僕も遅れて気がつく。
たぶんそのときはもうその場にいた全員が気がついていたはずだ。
なにしろ巨大な影が僕らの上空を横切ったんだから。
「またグリフォンか!?」
騎士たちの声が響く。
だけどその予想はすぐに裏切られた。
空を横切る影は騎士団をまるまる飲み込むほどに大きい。
獅子の体を持つグリフォンとは比べものにならない。
それは、その巨体で悠々と空を泳いでいた。
グリフォンが空の王者なら、それは生物の頂点。
モンスターの危険度ランキングは文句なしの一位だろう。
見上げたシルヴィアが、青冷めた表情を浮かべる。
「バカな……。なぜ、こんなところに……」
世界最強のモンスター、ドラゴンが僕たちの前に現れた。