それじゃあ入るね◇
ベッドの上に横たわったまま、ライム殿から聞いた言葉を思い出す。
『大好きな人に触ってもらうと、とっても気持ちよくて幸せになれるんです』
そう語る顔は、言葉通りにとても幸せそうだった。
しかし今の自分は、気持ちよさと罪悪感が同時に押し寄せてきて、おかしくなりそうだった。
幸せだなんてとてもいえない。
とても同じには思えない。
カイン殿にふれてもらうと、まったく違うものなのだろうか。
しかし、騎士たる私が他人に肌を触れさせるなどあり得ないことだ……。
しかしそれには例外がある。
それは夫婦になったときだ。
高潔な騎士といえども、夫婦の営みならば許される。
もしも……。
あり得ないことだが、もしも万が一自分とカイン殿が夫婦になれば、自分もライム殿と同じことをしてもらえるのだろうか……。
「二人でする、というのは、どういうものなのだろうか……」
まるで想像がつかない。
手がかりは夜に漏れ聞こえてきた二人の声だけだ。
カイン殿の優しい声と、それに答えるライム殿の甘い声が、耳の奥にこびりついている。
思い出せば、まるで今もそこにいるかのように耳に響いてくる。
カイン殿も、あの優しい声で、私のことを呼んでくれるのだろうか。
「シルヴィア……」
背中ごしに聞こえる声が私の耳を震わせた。
後ろにはテントの入り口があるが、今は閉じている。
つまり誰もいるはずがない。
なのに、まるで後ろにいるかのようなリアルさで脳内に再生される。
きっとすべては私の願望が作り上げた妄想なのだろう。
ライム殿の話では、カイン殿のものが体内に入ってくるということだったが……。
「はいっても、いいかな?」
これはやはり夢なのだろう。
だからこんなにも、私の望んだことばかりが起きるのだ……。
「ああ、もちろんだ。ただ、できれば、その、優しくして欲しい……」
「やさしく……? ああ、ゆっくり入って欲しいってことかな」
「た、たぶんそうだ。私は初めてだから詳しいことはわからないが……。カイン殿なら、詳しいのだろう……」
「ええと……。それじゃあ、入るね……」
カイン殿の声に合わせて私は目を閉じ、妄想をはじめた。
そのまましばらく無言の時間が続いた。
妄想しようと思っても、なにも思い浮かばないのだ。
たぶん、たぶんこうだろうという想像はできる。
しかしそれも想像でしかない。
自分があまりに無知で愚かな生娘であることを知って、今更ながらに赤面した。
やがてカイン殿の声が遠慮がちに聞こえてくる。
「ええっと……。取込み中なら、また後で出直すけど」
なんだと。こんなところでやめてしまうというのか。
私はまだなにもわかっていない。
こんな中途半端なところでやめられたら、また熱を持て余してしまうではないか。
「頼む……。最後まで、一緒にいてくれ……」
「あ、うん。それじゃあここで待ってるけど……」
戸惑うような声が聞こえた。
よかった。ちゃんと最後までしてくれるようだ。
それにしても、ここで待つとはいったいどういう意味だろう。
まるで今私の後ろにいるみたいな言い方じゃないか。
まさかそんなはずがあるわけないだろう。
だってこれは幻覚なんだからな。
はっはっは。
……。
…………。
………………。
恐る恐る振り向くと、そこにはテントの入口に立って私のほうを見ているカイン殿の姿があった。
申し訳なさそうな顔であいまいに笑みを浮かべる。
「や、やあ。取込み中にごめんね」
私は声にならない悲鳴を上げた。




