ハウンドドッグたち
次の日も草原は天気が良くてピクニック日和だった。
「今日もお天気がよくて気持ちいいですね!」
ライムが両手を組んで大きく背伸びをする。
確かに日差しも暖かいし、風も微風で心地いい。
立ち止まる僕たちの少し先で、騎士の人たちが集まっていた。
「右だ! 右に回り込まれたぞ!」
「うわああああっ! 盾を飛び越えてきたああああ!」
「盾隊、なにやってんだ! このままじゃ全滅するぞ!」
うららかな日差しに似つかわしくない、悲鳴と怒号が飛び交っていた。
騎士団の人たちは今、狼型のモンスター、ハウンドドッグの群れと交戦中だった。
人の半分くらいの大きさを持つ中型のモンスターだ。
狼と同じ爪と牙で攻撃してくるけど、本当の驚異はその俊敏さ。
全力で走ったらたぶん人間の十倍くらいのスピードが出せると思う。
今も、盾隊を前衛に据えて迎撃体勢をとる騎士団に対し、ハウンドドッグたちは草原を縦横に駆けめぐって翻弄していた。
盾隊は前からの攻撃には強いけど、側面からの攻撃には無防備だからね。
ハウンドドッグたちも騎士団の弱点をわかっているんだろう。
狼は動物の中でも知能が高いほうだ。
周囲を猛スピードで旋回し、動きについてこれなくなった隙間に潜り込んでは一撃を浴びせている。
狼たちに翻弄されて混乱する騎士団の中で、銀髪の美しい立ち姿がひときわ目立っていた。
「うろたえるな! 動きは速いが一撃は軽い! 陣形を崩さず冷静に対処しろ!」
シルヴィアだ。
この状況でも落ち着きを失わず、冷静に指示を飛ばしている。
「そうはいっても隊長、この速さではとても追いつけません!」
「くっ……! 聞いてはいたが、この狼ども、想像以上に手強いな……!」
とはいえなかなかに苦戦しているようだ。
ちなみにハウンドドッグたちは、僕たちのほうには一匹も近づいてこない。
狼の姿が遠くに見えたときに、彼らが嫌う匂いの葉を集めて、たき火の上にかざしていぶしておいたんだ。
なので周囲には彼らの嫌う匂いの煙が充満してることになる。
だから僕らの周囲にやってくることはないってわけ。
「こんなことも知ってるなんて、カインさんはさすがですね!」
「僕はレベル1だからね。なるべく戦わなくてすむ方法を探してるんだよ」
この葉っぱも、ハウンドドッグの群れを観察しているときに偶然見つけたものだ。
彼らは縄張り内を集団で巡回するんだけど、なぜか一部の場所にだけは近づかなかったんだ。
ライムが周囲のにおいを確認するように鼻を引くつかせながら、戦いを続ける騎士の人たちに目を向けた。
「助けにいかなくてもいいんですか?」
「これは騎士の人たちの訓練だからね。もうしばらくは見守っていようか」
もちろん、本当に危なくなったら助けに入るつもりでいるけど。
でも、たぶん大丈夫だろう。
僕は矢継ぎ早に指令をとばすシルヴィアを見ていた。
混乱した状況でも全体をよく把握し、複数のグループに分けた騎士団を上手く統率している。
悲鳴が飛び交っているせいで混乱しているように見えるけど、被害はほとんど出ていないし、ハウンドドッグの姿も少しずつ減っている。
これなら僕たちの出番はないんじゃないかな……。
「うわああああああああっ!」
そう思っていたら、鋭い悲鳴が上がった。
陣形から外れてしまった騎士の一人が、数匹のハウンドドッグに囲まれていた。
あのままでは大けがを負ってしまうかもしれない。
これはさすがに見過ごせないよね。
僕はいぶしていた葉っぱを一枚取り、それを石にくくりつけた。
「ライム、これをあの人の手前に投げてくれる?」
「はい、わかりました!」
ライムが受け取った石を全力で投擲する。
思いっきり投げたため、投げるっていうか弾丸みたいな勢いで地面にめり込んでしまった。
騎士の人がびっくりして僕たちを見つめた。
そりゃいきなり石が飛んできたら驚くよね。
ちなみに、囲んでいたハウンドドッグたちも一目散に逃げていった。
匂いを嫌ったからなのか、ライムの投石に驚いたのかはわからないけど……。
「なにを呆けている! 早く陣形に戻れ!」
シルヴィアの鋭い叱責が飛んでくると、座り込んでいた騎士の人が慌てて立ち上がり、彼女の元に戻っていった。
ともかく助かったみたいでよかった。
「ありがとうライム」
「えへへ、どういたしまして!」
それからは特に目立ったピンチもなかった。
相手が手強いとみればすぐに撤退するのもハウンドドッグの特徴だ。
やがて一斉に草原の奥へと逃げていった。