夫婦として当然の営み◇
夜闇の向こうから、二人の声が漏れ聞こえてきた。
テントに近づくにつれて、より声がはっきりと聞こえるようになる。
「こ、これは……。まさか……」
いわゆる、夫婦の営みというやつではないのだろうか。
生まれたころから騎士として育ってきたため詳しくは知らないが、夫婦の契りをかわした者同士は、肌を重ね合わせて子づくりをすると聞いている。
きっとこれがそうなのだろう。
なんと破廉恥な……!
一瞬怒りがわき上がってきたが、よく考えてみれば、これは夫婦なら当然のことだ。
むしろ子供を成すことは国としても推奨すべきことといえよう。
怒るなんてもってのほか。むしろどんどんやれと応援すべきことだ。
自分が口を出すべきではないし、盗み聞きするべきでもない。
わかっているのに、近づいてしまう。
近づくほどに体が熱くなり、心臓の鼓動も大きくなる。
これは一体どうしたことなのだろうか。
夫婦の営みはとてもプライベートなことだ。
だからこれ以上聞いてはいけない。
そういったことに疎い私でも、それくらいはわかる。
もし自分が盗み聞かれていたらと思うと、恥ずかしくて死んでしまうだろう。
わかっているんだ。
そのはずなのに、足は勝手に声のほうに向かっていた。
近づくほどに声もはっきり聞こえてくる。
甲高く、それでいでどこか喜んでいるような声がひときわ高く響き、それきりテントの中は静かになった。
声は叫んでいたし、嫌がるような言葉も含まれていた。
だけど、自分が女だからだろうか。
ライム殿が悦んでいたのも分かってしまった。
聞いたことがある。
夫婦の営みとは、男女が肌を重ねるものだと。
そして、それはとても幸せなことなのだと。
「それはいったい、どういう行為なんだろうか……」
肌を重ね合わせ、お互いのすべてを晒け出す……。
想像するだけで体の奥が熱い。
息が荒くなり、なぜだか切ない気分に襲われる。
なんなんだこれは、なんなんだこの気持ちは……。
ガサガサッ!
「……ッ!?」
テントのほうから誰かの出てくる音がして慌てて飛びのいた。
だが、そこには誰もいなかった。
テントの中から出てきたのは一匹の羽虫だ。
「この私が、こんなものに驚いてしまうなんて……」
よほど神経が昂っていたのだろう。
小さな羽音を響かせ、かすかに甘い香りを漂わせながら飛び去って行く。
その香りに誘われるようにして、私はふらふらと自分のテントへ戻っていった。