私の気遣いに感謝するといい
野営の準備が出来たといって、シルヴィアが僕たちをテントに案内してくれた。
大きくはないけど、しっかりした作りのテントだった。
兵士たちが使うような量産品のものじゃない。司令官などの人が使うような高級品だ。
「僕たちは寝袋もあるし、こんなすごいテントじゃなくても大丈夫だけど……」
「そういうわけにはいかない。仮にとはいえお前たちは我が騎士団の客人だからな。それに仲間を助けてもらった恩もある。礼を失しては我が隊の恥だ」
シルヴィアの態度は頑なだった。
騎士だからやっぱりそういうところは真面目なんだろう。
僕としてもそこまでいわれてしまっては断れなかった。
「わかったよ。じゃあありがたく使わせてもらうね」
「わーい! じゃあわたしが一番乗りです!」
さっそく中に突撃していったライムが歓声を上げる。
「これがテントですかー! 聞いたことはあったけど使うのは初めてです!」
中もしっかりした作りになっていて、ちょっとした部屋のようになっていた。
簡単な調度品に、光晶石を利用したランプなんかもあって、もしかしたら僕の家よりも豪華かもしれないレベルだ。
だけどひとつだけ問題があった。
部屋の中央には簡易ベッドが設えられていたんだけど、それがひとつしかなかったんだ。
「えっと、あの、オルベリクさん……?」
目を向けると、シルヴィアは少しだけ頬を赤くして視線を逸らした。
「お前たちは、その、夫婦なのだから……こういうものなのだろう。私の気遣いに感謝するといい」
ええ……。
まあその認識は確かに間違ってないのかもしれないけど……。
そもそも僕とライムは夫婦じゃないし……。
「では、私はこれで失礼する。私のテントはこの近くだから、なにかあったら遠慮なく来てくれ」
そういって外へと出て行った。
「カインさん! カインさん!」
ライムがさっそくベッドに飛び乗り、バンバンと自分の横を叩いている。
ニッコニコの笑顔を見なくても、ライムがなにをいいたいのかすぐにわかってしまった。
「えっと、僕は寝袋があるから、それで……」
一応いってみたけど、ライムはすぐに頬を膨らませた。
「人間はベッドの上で寝るもので、床の上に寝るものじゃないって、カインさん前にいってました」
「うっ……。それは、まあ、そうなんだけど……」
結局それ以上説得できなくて、僕はライムと並んで寝ることになった。
簡易的とはいえ二人用のベッドを用意してくれただけあってそれなりに広い。
けど、なぜだかライムは僕に密着してきた。
「ライム、せっかく広いんだからもう少し離れても……」
「でもこのほうがカインさんを感じられてうれしいです」
そういってますます僕にしがみついてくる。
ライムの色々なところが僕に当たってきて、その、なんというか、とても落ち着かない。
そうしてるあいだに、ライムの顔が僕の目の前にやってきて、じっと見つめてきた。
「それとも、わたしと一緒に寝るのはイヤですか……?」
潤んだ瞳で見つめてくる。
そんな風にいわれたら断れるわけがないよね。
「わかったよ。そのかわり、そんなに力一杯抱きつかれると苦しいから、少しだけ力を弱くしてもらえるかな」
「はい、わかりました!」
そういって、ほんのちょっとだけ抱きつく力をゆるめる。
うん、本当にちょっとだけだったね。
「えへへ……。カインさんありがとうございます」
そういって笑顔になるライムを見ていたら、それ以上なにかをいう気もなくなってしまう。
まあ最近はこうしてライムと一緒に寝ることも多くなってきたから、だいぶ慣れてきた。
こうして密着していても、朝まで眠れない、ということにはならないはず。
そうやって油断していたからか、僕たちはテント内に入ってきた小さな侵入者に気がつかなかった。
そしてその夜、事件は起きた。




