事後はとてもお腹が減るので
ぐったりとしていたライムだったけど、急に起きあがると、きょろきょろと周囲を見渡しはじめた。
「どうしたの?」
「どこからか、とてもいい匂いがします」
「ああ、そういえばスープを作ってたんだっけ」
「すーぷ?」
ライムが来てから色々あったからすっかり忘れてたよ。
台所に戻ると、鍋がちょうどいい具合にコトコトと音を立てていた。
ふたを取るといい匂いが部屋いっぱいに広がる。深呼吸しただけで口の中によだれが垂れてきた。
よかった。ちょうどいいタイミングだったみたいだ。
後ろからのぞき込んできたライムが表情を輝かせる。
口には出さなくてもなにを思ってるのかは手に取るようにわかった。
「よかったら一緒に食べる?」
「え!? いいえ、大丈夫です! 全然おなかすいてないですし、カインさんの餌をわたしが横取りするわけには……」
そう遠慮してるけど、瞳は輝いたままスープに釘付けになっていた。
「僕一人じゃ食べきれないからさ。放っておいてもダメになっちゃうし、ライムにも手伝ってもらえるとうれしいんだけど」
少し多めに作ったのは本当だ。
それは明日の朝食のためでもあったんだけど、あえてそういってあげる。まあ二人分くらいにはなると思うし。
するとライムの顔がこれ以上ないほど輝いた。
「カインさんがそういうのなら、よろこんでいただきます!」
スープをすくって二つのお皿に分けてよそう。
それだけで食欲をそそる香りが部屋いっぱいに充満した。
テーブルの前で待機するライムの前に置くと、表情がだらしなくゆるんだ。
「はわあああ……。美味しそうですぅ……」
よだれがだらだらとこぼれている、と思ったら、変身が解けて顔の形がちょっと溶けていた。
それくらい楽しみにしてくれてるってことかな。
「はは。口に合えばいいけど」
「いただきます!」
元気よく挨拶すると、ライムはスープの中に手を突っ込んで直接肉をつかんだ。
「えっ!?」
僕が驚くあいだに、ライムの手が広がって肉を包み込み、体内に取り込んだ。
同時にライムの表情がとろとろに崩れる。
「ふわあああ、こんなに美味しいのはじめてです……!」
本当に美味しそうな声を上げ、顔も溶けた氷みたいに元の形を失っていた。
感動しすぎて元に姿に戻っちゃったのかな。
「ええと、口に合ったようでよかったけど、そこまで感動するものでもないと思うんだけど」
口に合う、という表現は人間のものだから、ライムに対して使うのが正しいのかはちょっと自信ないけど……。
「普段は石とか草とか食べてたので、こんなに美味しいのは初めてです!」
「そ、そうなんだ。なんでも食べるんだね」
「はい! スライムですので!」
そういうものなんだろうか。
草はともかく、石なんか食べても栄養なんてなにもなさそうだけど。
「ええと、とにかく喜んでもらえたようでよかったよ」
「はい! とっても美味しいです!」
元気よく答えて、手から肉を取り込み、指先から飲むようにスープを吸収していく。
女の子の姿をしてるけど、やっぱり元はスライムだから食べ方は僕たちとは違うんだね。
気がつくとお皿の中身は空になっていた。
「はあ……美味しかったです~」
至福の表情でため息をつく。
それからちらっと僕のスープのほうに目を向けた。
「カインさんは、食べないんですか?」
「そんなことはないけど」
「あの、もし食べないのなら、それももらえるとうれしいなーなんて……」
遠慮したようにいいながらも、輝いた目はしっかりと僕のスープに向けられていた。
それにしてもライムは本当に食べるのが好きみたいだ。
まあ、石とか草とか食べてたっていってたし、それと比べればさすがに僕のほうが美味しいだろうけど。
僕だってお腹が空いている。
でも、ライムの笑顔を想像したら、迷いなんて一秒で消えた。
「もちろんだよ。まだ食べる?」
「えっ、いいんですか!? わーい、ありがとうございます! カインさんの料理はとっても美味しいから大好きです!」
そんなに喜んでもらえるのなら、一日分のご飯くらいあげても全然構わないよね。