照れんでもええ
スライムを貌にも纏わせて、顔を変える。フードを深く被り灯火の漏れた灯にうすぼんやりと浮き上がるようなギルドの建物にはいると、まだ受注のピークは来ていないようだ。
冒険者も中級で3人までの少人数パーティらしきなのが、2~3組といったとこか。
右奥のバーカウンターに赤ら顔の男が3人、向かい合いながらも依頼カードの前に立つ獲物を物色しているようだ。
出来心でなく、もう既に職業としているのだな。
下級であるEランクのヲウスでは、どう反応するのか。直球の真ん中でもいいが、探りにアウトボールを投げてみるか。
これで関わってくれば、いろんな意味でアウトは向こうだな。
受託とランクに依存しない人捜しなどの依頼カードを物色しながら、前回と同内容の下級ものを選んだ。
Eランクのソロだから、どう背伸びしても下級の中からしか選べないのだ。
受付をする。時間帯で変わるのか日付で変わるのか、昨日の受付スタッフとは違っているな。
受注証明を懐に、建物を出てから、足早に件の城門近くに足を運ぶ。
奴らは追いかけては来ない。通常の流では城外で収穫をしてから帰ってくるわけで、時間に余裕があると思うのだろうか。
ギルドの受取所に入ると、窓口は男女二人で、片方には見覚えがある。スライムでマーキングしておいたので間違いない。あのテーブルにいた男だ。女……おばちゃんは近所の者だろうか、会話に余念がない。ガタイもよく元はパワー系の冒険者でもしていたのだろうか。
「これを頼みたいんだが」
ヒマそうな男の前に、インベントリーから通常袋に移し替えていた依頼数の束を取り出して、受注証明にカードを添える。
「すこし時間が経っているようだが、いつのだ」
「昨日の昼前だから、1日足らずってトコか」
「受注証明は、今日の日付なんだがなあ。依頼モノは、新鮮さが大事なんだ。これは常納取引に回して、半日以内のモノを採って来ちゃどうだ」
「あちゃー、ソレ言う?」
わしの反応にけげんな貌になる。あくまでにこやかに、となりのおばちゃんには聞こえないように小声で続ける。
「タイラーさん、ほらゆんべ酒場の『酔いどれ』で、隣のテーブルにいたオレですよぉ」
「……」
「朝一で持ち込んだら、ギリ処理してくれるって言ってくれたじゃないデスかぁ。たのんますよぉ」
「けっ。酔ってたときの約束はノーカンだ。出直してきな」
「ジョッキおごったんですよ」
「ダメだ」
「お仲間が、若い母娘の冒険者にしたこと言いふらしちゃおうかなぁーっと」
「なんだと……」
「もぉー今回だけですからぁ。それに喋んないデスしぃ、今夜もジョッキ贈らせていただきますし、ねっ」
「ちっ。これっきりだぞ」
「あたーすっ」
このやりとりははったりである。
名前はプレヤーのスキルで確認できた。
スライムを注入されるとしばらくして、意識が混濁することを利用し、そんなことがあったのかもと思い込ますことにしたのだ。
チャームをかけてレジストされたり、おばさんに気がつかれたりするよか安心感もあった。かけ方は知っているが、外しかたをしらない。取得してすぐ試しにかけた相手に自然に効果がなくなるまでしばらくつきまとわれて辟易した黒歴史があった。
そして男姿で、おっさんにチャームをかけるだなんて、バラか舞い散る背景など考えたくない。
カネを受け取り受取所を出た。巻き上げられた分には、ほど遠いが今はコレでイイ。
ひょっとしたらいるかもと思ったが、効率を考えてんのかこの時間では搾取組は来ていない。
宿に戻るりソファーに横になった。
目を閉じながら、プレヤーのわしにステータス画面を開くヒントを貰って、みた種族が『エルフかも?』になってたのを思い出した。えっと驚いたモノだが、その後『たぶんエルフ』とか『只の変哲もないエルフ』を経て、『生粋のエルフ』など、どぉーにでもしやがれって思っていたが、最近どういう意味かよくわからない『アールヴ』ってよく出てきている。
ミィには最初っから『ハイエルフ』だというのに、わしは『灰エルフ』とか『廃エルフ』なんて出ておちょくられている。
種族だぞ。普通は一つだぞ。おっちゃん泣くゾー。(T_T)
夕方の日差しになって、目が覚めた。なんか目の辺りがガピガピする。
ポンコツはまだ寝ている。そりゃスリープかけてるモンとか言わないのっ。
今夜一晩は、寝ていてほしいのでスリープを重掛けしておき、成人女性姿のヲグナになる。
うん。昨夜は目的が違ったので、B級グルメ探訪はお休みしてたからね。
「じゃあ、おだいじにねっ」
見舞いにきたふうを装い術師の装備で廊下に出る。
なんだかギルドの方でマーカーの動きが気になる。集まってきているようだ。
違う姿なのをいいことに、行ってみるか。
途中屋台とかでファストフードを手に入れながら冒険者ギルドへと向かった。
タコの入っていないたこ焼きを揚げて表面をカリッとさせたのとか、野菜の入っていない焼きそばみたいなのとかを手に入れ、一口ずつ味見して別腹用のスイーツを探す。胃袋は4歳児のそれで食べきらないというのに、食欲だけは元の体型に引っ張られているようだ。
ギルドにたどり着いたときには、両手に一杯の食べ物が抱きかかえられていた。念のためよれよれローブの老婆に化ける。
持ち込みOKで一般にも開放されている食堂側のテーブルにおいしょっと座り、フードを上げてホットミルクを注文する。
ミルクが運ばれてきたので、少額の小銭をかき集めて支払い、受け取るとしわだらけの細長い指を振るわせながら戦利品をつまみ喉に流し込んでいった。
労るような視線を感じる。これがフィナの姿ではむはむすると違っていたのだろうな。
もしゃもしゃと顎を上下させながら、白く濁った目で周囲をゆっくり見回せば、食堂には20人ぐらいとクエストカウンター側に10人程いる。
ソロじゃなく数人のグループが何組かが集まっている。まっパーティトは限らない。
飲酒カウンターを占領するようにマーカー付きが6人ともう1人が出入り口をチラチラと見ている。
マーカーの6人は、今朝にいた3人と受取所の1人、残りの2人は昨日のあいつらだ。マーカーのない1人は役人ぽい。視線を向けると、怪訝な表情でこっちを見返してくる。
視線の動きと反応から、獲物を選んでいるのではなくて特定の人物を捜しているようだ。ヲウスの口封じか?
(少し遊んでみるとするか)
もしゃもしゃと咀嚼しミルクで流すと席を立って、視線をちらちら向ける役人風の男に近寄った。
「にいちゃんや」
「なんだ」
「さっきからわしを見とったじゃろ」
「見てねーよ」
「照れんでもええ。一度ぐらいなら相手してやるぞ」
「すっこんでろババア 間に合ってるよぉ」
「そりゃ残念じゃのう けへへへ」
そばの連中は苦笑いをかみしめている。男の手の甲を軽くぺしぺしとたたいて離れると背後で、笑い声が大きくなっていった。
多くなった人をかき分け外に出るとうまい具合に陽は隠れ始めている。
路地に入り人目のないことを確認して、朝と同じ格好のヲウスになりギルドに入ると、奥で空気が変わったのを感じてすぐに出て、老婆に戻ると少し離れた石に腰を掛けて黄昏れてみる。
「おいっババア 男が通らなかったか」
「おや 焼いてんのかい」
「じゃねーよっ、どっち行った」
「あとで相手してもらうよ」
「早く言え」
「あっちのほうへ行ったよ」
わしは住居区に向けてしわがれた指を指した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。