四章 破壊神
その男は、夏海を見るなりこう言った。
「何しに来た」
大声をあげた訳ではないが、挨拶の時に感じた恐怖感と威圧がビリビリと肌に突き刺さった。だが、夏海は怯まずに
「修行をしに来ました」
と答えた。男は表情を変えず、
「俺は選ぶな、と言った筈だが?」
と言った。夏海はその言葉を噛みしめるかのように、頷いた後に
「貴方から寂しさを感じた。貴方から恐怖を感じた。貴方から脅威を感じた。貴方から他とは違う何かを感じた。
だから、貴方を選びました」
と素直に訴えた。感じたそのままをなんの特色もせず、素直に。
男は夏海をジッと見た後に、
「…1ヶ月だ。
それで、能力開花し使いこなせるまで出来なければ、見込みなしとして処分する」
と言った。根負けしたのかどうかは分からなかったが、男は溜息交じりに
「返事は?」
と続けた。夏海は、嬉しさのあまり興奮し過ぎて言葉が出てこなかった。まさかOKを貰えるなんて思わなかったからだ。取り繕う暇もなく顔を紅潮させ、慌てたように、
「はい!ありがとうございます!
これからよろしくお願いします!」
と勢いよく頭を下げた。
男は、「やれやれ」という感じで夏海を迎えた。そして、
「改めて、時坂リョウだ」
と右手を差し出し、握手を求めた。
夏海は何の疑いもせず、差し出された右手を握った。するとリョウは、
「もし、これが罠だった場合、
無闇に従うのは良くないぞ」
と握手を交わしながら言った。夏海は一瞬ビクついて警戒したが、何も感じなかったので、リョウが何故そんな事を言ったのか理解に困った。
その様子を察するかのようにリョウは、
「ところで、お前は、俺が何の能力を持ってるか知ってるのか?」
とまた溜息交じりに言った。
夏海は、朝の先生の話を殆ど聴いていなかったが、リョウは朝の時点では能力について何の説明もしていなかったので知らないし、学校案内や学校のホームページにも修行(特別授業)に関しての大まかな説明はあったものの、担当する講師の名前や能力までは細かく明記されてなかった。なので、知る術がなかった。あえて言うならばここに来る前、優花や瑠夏と話している時に偶然耳にした噂話ぐらいだが、それも何の能力なのか推察は出来なかった。ただ、怖い能力…もしくは人に影響を与える能力かな…としか分からなかった。なので、夏海は
「えー…と、知らない…です」
と申し訳なさそうに答えた。夏海は、この時叱られると思った。自分で選んだ講師の能力を知らずに、修行に来る事はかなり失礼だなと思っていた。
リョウは、夏海の萎縮した態度を見て鼻で笑いながら、
「まぁ、そうだろうな。
あの時は言わなかったからな」
と言った後に、闘技場の壁際まで歩いて行きながら、
「まぁ、簡単に説明する。
俺の能力は、破壊者(Destroiyer)だ」
と続けながら左手を握った。
そして、
「今から見せるのは、能力の一端にしか過ぎないが、大部分の能力と思ってもらっても構わない」
と続けながら、握った左手(拳)で闘技場の壁面を、軽くノックするかのように「コンッ」と叩いた。すると瞬く間に叩いた所から白い亀裂が闘技場全体に広がり「ピシッ」と異音がしたかと思うと、薄いガラスが割れるように闘技場全体が粉々に破片となって砕け落ちて、外のロッジ区域に出た。夏海は、目の前で起こった事が簡単に理解出来たが、それに加え色々な解釈も生まれた。闘技場自体が幻影で夢から覚めただけだとか、物の強度を変える事が出来る能力なのか、など色々と考えたが、最初にリョウが言っていた言葉、破壊者(Destroiyer)を思い出して…リョウに対してこう発した。
「闘技場を…破壊した…?」
と色々起きすぎて、敬語を使う事も忘れていたが、考えがそのまま口に溢れたように出た。リョウは、
「ふむ。理解力だけはあるみたいだな」
と褒めつつも嘲笑したかの様に笑いながら、夏海を宥めた。そして、
「今日は、ここまでだ。
明日は早いぞ」
と言った後に、右方向にあるロッジを指指して、
「明日からはそこに泊まるといい」
と言った。見てみると、いつの間に作られたか分からないが、右にある緑と黄色のカラフルな屋根のロッジの表札部分に、<炎動夏海>の文字が彫られていた。「分かりました」と夏海は答えたあと、「明日は…」と口にするとリョウは
、
「明日もこの場所で。
闘技場は直ってるさ」
と言いつつ、欠伸をしながら手を振っていた。夏海は会釈をしてその場を後にした。
夏海が去った後、少し経ってリョウの背後から近寄る人が何人かいた。
「可愛い子だねぇ…。それに元気で素直だ…。俺にもあんな娘が欲しかったよ…」
と呟きながら歩いてきた男は綺朽李。そして、その綺朽李の隣に歩いてきた老人は、御圍。御圍は、綺朽李の言葉に対して、
「ホッホッホ。そんな事を言っていたら、娘さんに刺されるやもしれんぞ」
と冗談交じりに言った。
綺朽李は、
「違いねぇ…。口が裂けても言えねぇなぁ…」
と苦笑いをした。綺朽李と御圍も講師であり、旧友でもある。
その2人を横目で見ながら、2人とは反対側隣に歩いてきた少年2人は双子で、
「真っ直ぐな子だね。
貴方の意志を継ぐのか、
はたまた何も得られず、何も分からず、何も出来ずに終わるのかーー」
「ーー僕達は、先を視ていないから解らない。
だから、期待もしてる」
と声を揃えて言いながらリョウを見た。そして続けて、
「何でも知っているし、何でもできるからこそ、先の視ていない未来に期待することが出来る」
と言った。正直、第三者の事情を知らない人がこの言葉を聞くと、少々違和感があると思う。「何でも知っていて何でも出来る」というのは能力としても強過ぎるし、神様に並ぶような、もしくはそれ以上の能力があるかに思える。だが彼ら2人、双子は「全知(Omniscience)」であり「全能(Almighty)」である。
俗に言われる核初能力の2つで、他の能力とは桁違いなスペックを持っている。この2人の全知と全能は、文字通り言葉通りの能力を指している。全知が全てを知っており、全能が全知の全てを知る事が出来る。全知と全能は2人で1つとして完結している。そして、この2人の言葉には重みがある。真実味がある。だから、それを知っているリョウは、
「だからこその1ヶ月だ。
それ以上は要らない。
いつか来るであろう、災厄に対して、備えられる事はやっておこう…」
とこぼすように呟いた。
双子と綺朽李、御圍も共感するかのように「そうだね」と頷いていた。