エピローグ その後の慶事と凶事(1)
もうじき夏休み。
ライルの朝の食卓には、今朝も高級ホテルのメニューのような料理が並んでいる。こんな朝食を毎朝用意してもらうのはさすがに悪いからやめてくれと、ライルはお願いするのだが、ロロがそれを聞く様子はまるでない。
食卓につくと、ロロはいつもどおり祈りを捧げてから「いただきまーす」と色の種類がとても多いサラダに手をつける。
一度、どの神様に祈ってるのかと聞いてみると、ロロは「恵みに感謝しているだけで、神様は関係ない」と答えた。
食卓横のテレビにはニュースショーが映っている。
今朝のニュースはこんな感じだった。
・地下墓地に空いた大穴の観光活用が始まったこと。
・ヴェロニク・ブランキーの長期休養。
・痴漢被害者とコンラディン家との和解が成立したこと。
キャスターが手短にニュースを伝え終わると、画面は中継に切り替わった。中継先は白の皇都の教会前で、画面にはレポーターと、その背後の数万人の群衆が映っている。
ライルはテレビをチラとだけ横目で見ると、左手をぎこちなく動かして、目の前のオムレツを頬張った。
「今日の、味変えた?」
「うん。トマトを小さい品種に変えてみたんだけど」
「これいいな、うまい」
「よし!」
ライルの高評価に、ロロのガッツポーズが出る。ライルはロロの手料理に慣らされていくのはヤバイとわかっているのだが、料理を口に運ぶ手の動きは止まらない。
「いま、新郎と新婦が出てきました!」
興奮したレポーターが、教会の入り口とカメラとを交互に見ている。教会の入り口では、白の神の前で愛を誓ったばかりの若い男女が、群衆に向かって手を振っていた。
新郎は白の皇都の第二皇子。陽気な笑顔で、はしゃいだように手を振っている。少々軽薄に見えるが、決して下品には見えない。
このキャラは民衆ウケがいいらしく、お固い皇家のイメージアップに繋がっているそうだ。ライルは、次男坊もいろいろ大変なんだろうと、勝手に察している。
その人気者の第二皇子も今日ばかりは脇役だった。群衆の目は横の新婦に釘付けだ。
新婦は長い銀髪、理知的な碧眼、スラリとした体をした美少女で、その豊満かつ凶悪な胸を、卑猥ではなく、でも優美に見せるウェディングドレスを着て、群衆の視線を一身に浴びていた。
微笑む新婦が手袋で白く覆われた手を振る姿に、ロロも「キレイね」と称賛を口にする。
今日はグレネ・コンラディンの結婚式だ。
※ ※ ※
地下墓地の爆発事件の日、ライル達は、ロロのマネージャーのワタナベタによって発見、救出された。最初にワタナベタが来れたのは、ライルの祖父、アモス・ローがいろいろ手を回したからだ。
ロロはヴェロニク・ブランキーのもとに運び込まれ、翌日には完全に元の姿に戻っていた。それ以来、ライルに見せる胸のサイズはEカップに落ち着いた。大きさを争うことにさほど意味を感じなくなったそうだ。
ライルは危険な状態だったが、入院先は二転三転した。ライルの治療を巡って、コンラディン家とロロのサイドで主導権争いが起きたのだ。
争いはライルの強奪合戦にまで発展したが、結局中立の病院で両陣営が相互監視をすることで落ち着いた。
ライルが市民病院で意識を回復したとき、強面の男達が周りを取り巻いていたので、ライルはそのまま気を失う羽目になった。
グレネは意識が回復せず、治療のため白の皇都に戻された。それから一ヶ月して、ライルのもとにグレネと第二皇子との結婚式の招待状が届けられた。
ライルが急なことに驚いていると、ロロが「皇家が急いだみたい」と耳打ちした。
招待状にはグレネの近況を伝えるカーフィンクの手紙が添えられていた。
グレネは事件の1ヶ月後に目を覚ました。検査の結果、外傷も後遺症もなく、さらに驚いたことに、グレネの心臓が健常な一般女性の心臓に戻っていた。このことについてカーフィンクは、ライルへ最上級の感謝を綴っていた。
そして、手紙の終わりの方にはこうも書かれていた。
グレネはライルのことを何一つ覚えていない、と。