表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/61

 血の赤い円のなかに、グレネが立ち、ライルが倒れている。グレネは誇らしさを胸に、血の円に足を踏み入れた。



 グレネは膝をつき、裾を血で染め、倒れているライルに手を差し伸べる。そっとライルの頬に触れると、ライルは冷たくなっていく。



 グレネの頬に涙が一筋光った。悲しかったのではない。触れた指先から包まれるような暖かさを感じたからだ。



 生臭く、鉄臭く、湿った、熱い風がグレネの体を吹き抜けた。



 驚いてあたりを見回すと、ロロがおらず、黒い泥がなく、墓石もない。地下墓地ではない。魔女のいる夢見の回廊でもない。



 そこは血の赤い円が鮮やかに輝く真っ暗な空間だった。



 闇の向こうに、巨大な気配がある。じっと見つめると、暗闇の中に黄色い目が2つ開いた。人間の背丈の何倍もあり、黒目が縦に割れた、巨大な爬虫類の目。



 竜だ。



 グレネがライルをかばおうとする。

 だが、ライルは消えていた。

 血の円にはグレネ一人しかいない。



 竜は光りを贄とし渾沌に神の言葉を滅ぼさん。



 竜は闇の中からグレネを見据えている。一族の悲願が求めた竜。父や兄が見れば歓喜するだろう。竜に願い白い神を殺せば、人は死を克服し、新しい可能性が開かれるのだから。



 しかしグレネは一族や悲願のことよりも、ライルの姿を探した。それしか頭になかった。



「よっ」



 後ろから声をかけられた。振り向くとライルが笑って立っていた。グレネは安堵の息をつく。



 しかし、すぐに気がついた。目の前のライルにはちゃんと左腕がある。ボロボロだったはずの体の傷が全て消えていていて、重症だったライルが全快している。



 ありえない。このライルは一体?



 グレネの心臓がドクンと脈打った。

 ああ、このライルは魔女に植え付けられた想いが見せているのだ。これは10年間、グレネが夢見続けてきたライルの姿だ。グレネが愛だと言っていたものの正体は、この幻を造り追いかけることだった。



 腕を引きちぎられたとき、ライルは選べと言った。一族の悲願か、グレネの願いかを。白の神を殺すのか、ライルと一つになるのかを。



 悲願はグレネの誇りでもある。それは貴族としての責務であり、民の安寧を願う心に偽りはない。



 願いはグレネの全てだった。それが魔女に植え付けられたものだとしても、ライルと一つになることを夢見た。



 悲願と願いはグレネの中で一つであり、相克している。ライルから愛を得れば、彼と一つになり、竜を呼び出し、悲願を成就できる。だがその時グレネはライルを殺さなければならない。



 竜がグレネを見据えている。

 グレネは選ばなければならない。



 グレネはライルの笑顔を、触れたときの暖かさを思い出す。

 ライルさんは私を想ってくれた。

 私は想いを受け取ることができた。

 ならば何を迷うことがあるだろう。

 グレネは心が定まり、竜を見上げ、そして堂々と言う。



「竜は何でも壊すというなら、私は壊してほしい。私の中のライルさんのすべてを」



 グレネの中のライルのすべて。それは魔女に植え付けられたライルへの想いであり、心臓にかけらた魔女の呪いであり、それらに関わる記憶を意味している。



 グレネは不死でなくなり、いずれ必ず塵に帰る。ライルのことも、どうでもよくなってしまう。ライルを忘れたグレネは、もうグレネでなくなる。



 それはとても怖いことだ。少し前のグレネなら、それが与えられた幻だと知っていてもしがみついただろう。



 だけど、とグレネは思う。



 カーフィンクは言っていた。グレネからライルが失われたら何も残らないと。


 

 ロロは言っていた。100年かけてでもライルを落とすし、好きになると。



 グレネの冷たい血が熱くなる。

 絶対に負けるもんか。



 私はもう操り人形じゃない。次はちゃんと自分でライルさんを好きになってみせる。何度失っても絶対に取り戻してやる。ロロや他の女になんて負けたくない。



 竜が目を閉じた。世界が真っ暗になり、グレネは一瞬まばたきをした。すると、グレネの目の前に、竜の顎が開いていた。生臭く、鉄臭く、湿った、熱い風がグレネの体を吹き抜ける。



 後ろで笑っているライルの幻が消えていく。

 グレネの中から今まで集めたライルの情報が消えていく。

 10年間追い続けてきたライルが消えていく。



 グレネは笑った。自分がいま夜空を飛んでいるように思えた。



 次の瞬間、竜の顎がグレネの体を粉々に噛み砕いた。グレネだったものの破片が闇に散り、見えなくなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ