最期への共同作業(3)
ライルがグレネの心臓に剣を突き立てる。
だがグレネの心臓は剣を弾き返した。
ライルは無表情でもう二度、三度とグレネのむき出しの心臓を打つが、グレネの心臓はびくともせず、どくどくと脈打っている。心臓の鼓動が力強さを取り戻し、輝きが禍々しさを増していく。
グレネは絶望することをやめた。
まだ諦めていない。
悲願と願いを捨てていない。
ライルはグレネの目を見る。
黒い涙で濡れるグレネの目に、もう獣のギラツキはない。
グレネはライルの背後を睨んでいる。
狂うほどの嫉妬に身を焼く女の目をしている。
ライルはそれを心の底から恐ろしいと思った。
しかし、ここで手を緩める訳にはいかない。
ライルは振り返らず、後ろのロロに拳を高くあげてみせた。
まるでヒロインに勝利を捧げるようにして。
ロロがそれを見てどういう顔をしたのか、ライルには見えていない。
だが想像するのは容易だった。
なぜなら、目の前のグレネの顔が鬼になったからだ。
グレネには、ライルとロロがどのように見えただろう。
ラスボスを倒した勇者とヒロインだろうか。
ならばグレネは、自分が打ち倒される怪物に思えただろう。
人の世から捨てれられる化物のように思えただろう。
さあ仕上げだ。
ライルは体中から乏しい演技力を絞り出す。
「じゃあな」
ライルは冷酷な笑みを作り、グレネの心臓に手をかけ握りつぶそうとする。
「(イヤダ)」
グレネの口がそう動くと、心臓がドクンと大きく脈打った。
心臓から黒い泥が濁流となって吹き出し、なんと、ライルに切り裂かれた傷が一瞬で再生された。ちぎれかかった首も、声も、美貌も元に戻った。
想像を超えた再生能力に、さすがにライルも驚愕した。
しかし、立ち尽くしている場合ではない。
ライルはロロの姿をさがし、その元へと駆け出した。
グレネは遠ざかるライルの背中を見ていた。
ライルが他の女の元へ逃げていく。
そんなにロロがいいのか。
そんなに私が嫌か。
グレネの鬼面のシワが深くなった。
ライルは逃げていく。
私を見捨てて、他の女のもとに逃げていく。ライルの心はすでに他の女のもとにある、そう考えるだけでグレネはもう気が触れそうだ。
刹那、自分の中で殺意がはっきりとした形になるのがわかった。
グレネは音もなく流れるように、ライルの背中に襲いかかった。
静かだった。
自分の頭の中が透き通っているのがわかる。
自然と右手が突き出た。
右手がライルの背中を破り、心臓を粉々にする感触を想像できた。
ライルの動きのすべてが手に取るようにわかる。
ライルの口が何かを叫んだ。
あの女の名を叫んだ。
透き通っていたグレネの頭の中が赤く濁った。
グレネの視界が、一気に血の色に燃え上がった。
殺してやる。
私のものにならないなら、殺してやる!
「そうかい」
突如、ライルは立ち止まり、グレネに振り返った。
「え?」グレネは呆気にとられた。
ライルは笑っていた。
なに、一体?
どうして?
ダメ、止まって!
グレネは自分の体に命じた。
突き出した右手が軌道を変え、ライルの左肩へと向かう。
だが殺意の迸りは容易には止まらなかった。
グレネの右手はライルの肩を砕き、腱をちぎり、肉を引きちぎった。
ライルの左腕は体から切り離され、二人の間に鮮血が舞った。