死者を殺すと黒猫が嗤う(4)
「いくらあなたでも、頭を叩き割られれば死ぬわよね」
黒猫が傀儡となったライルを従え、ロロを嗤っている。
「なんでここに?」
「あっちよりこっちのほうが簡単だから」
「簡単?なにが?」
「あなたを殺すのが。
あなたとグレネはライルを殺すんでしょ?
だったら私はあなた達を殺す」
黒猫が瞳には憎悪が燃えている。黒猫がこういう顔をすることに、ロロは少なからず驚いた。
ロロは、いやグレネもこの黒猫の正体をつかめていない。こいつが竜に興味があるような素振りを見せたことはなく、いつもロロと、グレネ、ライルをおちょくって暇をつぶしているようにしか見えなかった。
ライルはこの黒猫を3人を結ぶ、ろくでもないことに関係した魔だと言っていたが、それがロロを殺しに来た。ライル、ロロ、グレネ、そしてこの黒猫にはどのような縁があるのだろう。
「あんた、一体ナニ?」
「見てわからない?」
「黒いという以外は」
「あはは」
黒猫が金とルビーの目を細めて嗤い、ロロに問い返す。
「そういうあなたは一体ナニ?少なくとも人間ではないわよね」
「私は人間じゃない。それがなんだっていうの?」
ロロが睨み返すと、黒猫は呆れた。
「あなたはポジティブすぎるわ」
「だって悩むだけムダじゃない」
「化物の自覚があるともっと悩むものよ。例えばあのお姫様みたいに」
黒猫はちらりと階下にあいた穴の様子をうかがう。まだグレネが動く気配は伝わってこない。
「あの子は悩んでいたの?」
「ええ、とても。
自分は生きているのか死んでいるのかと、深刻に悩んだ反動がこの騒動よ。
あなたは悩まないの?
なぜロロ・セロンは人形なのか、って」
黒猫がロロの心を逆撫でるようにして聞いてきた。
「知っているみたいな口ぶりね」
「知っているわ。私はかしこいもの」
「だったら言ってみなさい」
見下す黒猫の視線に、ロロが苛立ちをぶつけて命じる。黒猫はちろりと赤い舌をだして、金とルビーの目を歪める。
「あなたは魔女に作られたからよ。あなたの体も、大好きなライルへの想いも全部作り物なのよ」
悪魔が地獄に落ちる人間を見送るとき、おそらくこういう顔をしているのだろうと、ロロは黒猫の傲慢な表情に目を見張り、その言葉に呆気にとられ、そして笑いだした。
少女の生首が墓の上で笑いだした。ゾンビと黒猫が見ている前で笑いだした。大笑だ。目に涙を浮かべて大笑いしている。ロロは可笑しくてたまらなくて、大いに笑った。
黒猫はとてもとても不機嫌に、ロロの笑い声が収まるのを待った。ロロの笑いがやっとでおさまると、黒猫の顔からも嗤いが消えていた。
「なにが面白いの?」
「あんな台詞をドヤ顔で言ったくせに、アレなんだもの。
全然なんだもの。
もう大コケ。
なのにあんたはドヤ顔だけは決まっているし。
それが可笑しくて可笑しくて……」
ロロは思い出して、また笑った。黒猫はロロの笑いを打擲するように声を荒げる。
「ショックじゃないの?自分の心も作りものだと聞かされて」
「まったく?ぜんぜん?」
「なぜ?」
「人の心は完全に自由であるべきだぁ、なんてお伽噺を信じてないからよ」
「人は自分で自分を決められるから人間なんでしょう」
「そんなわけないじゃない。澄まし顔の貴婦人も、落ちぶれれば阿婆擦れになるし、大量の広告をうてば、ただの女も天使になれる。コピーライターの思いつきの言葉を真に受けて、『私は私だ』なんてカッコつけられるぐらい、お手軽なのよ、人間なんて。
魔女に作られた私と、プロパガンダに踊らされてる自由市民との間に、大した違いはないわ」
黒猫は口元に不機嫌が凝り固めた顔をして「フン」と鼻で笑う。
「所詮人形には人間のことはわからないのよ」
「でも、あんたも作りものでしょ?
人間はしゃべる猫になんてならないわ」
黒猫は全身の毛を逆立てた。口元には不機嫌さを、目には憎悪を燃やしてロロを睨んだ。
「もういい。ライル、やって」
黒猫がライルに命令した。だが、ライルは動かない。黒猫が「ああ」と嗤う。ライルが自身にかけた暗示、安全装置が外されないと、ライルは剣を振り下ろさない。
「合言葉がいるのよね。たしか、家に帰せ、だったかしら?」
ライルは動かない。ライルとロロを嬲るように弄ぶ黒猫に、ロロの顔が怒りでゆがむ。
階下で大きな石が崩れる音がした。グレネが動き出したのだ。黒猫とてこれ以上遊んでいる余裕はない。
「じゃあ、さようならよ。ライル、ロロを『塵に返しなさい』」
ライルがくぐもった低い唸り声を上げた。一歩、二歩と前に進み、暗く沈んだ目で生首を見下ろす。そして、振りかぶっていた二振りの長剣を強く握り、ロロをめがけて振り下ろした。