死者を殺すと黒猫が嗤う(3)
ロロは名も知らない昔の富豪の墓の上に生首を晒して、不安にかられていた。ライルの作戦はうまくいくだろうか。
ロロに耳打ちされた作戦は悪くなかった。グレネは力こそ化け物そのものだが、行動は単純で読みやすい。これまでもグレネはライルに何かあるごとに、何をおいても飛んできた。ライルがゾンビパウダーで仮死になれば、今回もすぐに姿を現すだろう。
問題はあの黒猫だ。
ロロは見ての通り手足がないため動けない。ライルは黒猫の死せる傀儡となり、グレネにとどめを刺すため姿を隠している。止めの合図を出すのは黒猫だ。ロロもライルもこれ以上は手出しできない。
ことの成否はあの黒猫にかかっている。黒猫が予想外の動きをすれば、作戦は破綻する。命運は黒猫に賭けられている。
だがグレネも含めたこの中で、最も信用ならないもあの黒猫だ。ロロは黒猫を信頼していない。それはグレネも同じだっただろう。ライルはあのムカつく黒猫を信じたのだろうか?だからこんな作戦をたてたのか?
グレネは生首のまま目だけで横を見た。そこにはライルの携帯端末と水銀があった。携帯端末の下に、瓶からこぼれた水銀が不思議な模様を作っている。携帯端末の画面が時刻を表示している。
人間の体を持たないロロにとって、時間はタイミングを合わせるだけの意味しかない。だが、竜が願いを叶えてくれれば、時間はロロの前に本当の意味を教えてくれるかもしれない。そのためにも、ここでグレネを殺さなければならない。黒猫が予想を裏切ることは許されない。
大穴の底で魔物が泣くような絶叫が響いた。
グレネが来る。
ロロはため息と一緒に苦笑いした。あまりに予想通り。あれではまるで少し親を見失っただけで大泣きする子供ではないか。あのお姫様は本当に子供で困る。
グレネが大穴の底からやってきた。
銀髪を冷たく輝かせ、赤い稲妻を纏ってやってきた。
グレネが降り立つと、剣が刺さったままの胸元から黒い泥が湧き出し、あたり一面を黒で塗りつぶしていく。ロロとグレネの間に並んでいる死者の棺がどんどん黒い泥に呑まれていく。泥がロロに届くまで60秒もないだろう。
グレネはロロに目もくれない。必死にあたりを見回し、石柱や墓を手当たり次第に粉微塵にしている。ライルを探しているのか。親を探してガン泣きする子供にしかみえない。
「あら、公爵令嬢がこんな墓場の底で、一体何を探しておられるんでしょうかぁ?」
ロロの挑発は、地下墓地全体に響き渡る大声だった。グレネはピタリ動きを止め、声の主たる生首を睨む。生首だけのロロは悠然とグレネを見下す。
グレネの姿は数時間前とはだいぶ変わっていた。長く輝く銀髪は冷たく輝き、きちんと着ていた制服は、あちこちが扇情的に破れ、はだけ、スラリとした体と、凶悪な巨乳をこれ以上なく淫靡に見せている。
巨乳の間に刺さった剣が、秘宝のようにグレネを飾り立てている。それらが凶々しい黒い泥を背景にすることによって、グレネの姿を神々しく浮かびあがらせていた。
「なかなかいいじゃない」
ロロはグレネの美しさに賛辞を送った。だがあの目はいただけけない。グレネの目は大きく見開かれ、血走り、獰猛にギラついて、品も知性も欠片もない。まともな思考力が残っているのかどうかすら怪しい。
ロロの挑発もあのグレネには届いていないだろう。まさにバーサーカーだ。だからこそ、ことは慎重に運ばなければならない。
「ライルを探しているの?バカね。彼はあなたの姿を見て逃げ出したわよ。かわいそうに!」
ライルの名を使っての挑発は効果覿面だった。グレネはガハァっと黒い毒ガスのような息を吐くと、一足飛びにロロに向かってきた。
かかった。
ロロは顔を引き締める。
グレネが黒い泥を割りながら猛スピードで飛んでくる。
ロロはじっと距離を測った。
あと50。
地下墓地の柱や名もない死者の墓が次々と跡形もなくなっていく。
あと30。
赤い雷を纏った狂女が胸に刺さった剣を引き抜き、ズシンと右足を踏み込んだ。
今だ!!
ロロはバラバラになった手足に命じた。
グレネの足元で爆裂音がし、次の瞬間、グレネを支えていた床が轟音とともに崩れ落ちた。一瞬、グレネがバランスを崩す。だが驚異的な反射を見せ、崩れる瓦礫を足場に態勢を整え、もう一度飛ぼうとする。
そのとき、グレネの頭上からさらなる爆炎が襲いかかった。
時間差の爆破攻撃。
グレネは不意に不意を重ねられ、たまらず下の階に叩きつけたれた。
もうもうと煙とホコリが舞う地下墓地に、ロロはグレネがどうなったのか見て確かめることはできない。階下から、グレネが動き出す気配は伝わってこない。作戦うまく行っているのか。ライルはいま下の階で身を潜めている。後は、黒猫がライルを誘導し、グレネを刺し殺させれば終わる。
風のない地下墓地で煙とホコリが揺れた。
グレネが下からやってくる様子はないのになぜ?
いつの間にか目の前に誰か立っている。
グレネではない。
ロロの顔が不吉でこわばる。
少しずつ晴れていくホコリの中で、何かが光った。
光は二つ。
一つは金色の、もう一つはルビーの赤い輝き。
視界がひらけると、ロロの目の前で黒い猫の尾がしなやかに揺れていた。
あの黒猫だ。
あいつが目の前で嗤っている。
作戦ではライルと一緒に階下で身を隠し、グレネにとどめを刺すはずなのに。
ロロは食いしばりながら傲岸に笑ってみせる。だがそれは一転、泣き顔になった。
黒猫の後ろに立っているライルを見て、今にも泣き出しそうになった。
ライルは青紫の肌をして、体を歪め、涎を流し、黒く沈んだ目でロロを見下ろしながら、二振りの長剣を高く振りかざしていた。