地下墓地(1)
空に打ち上げられたライルは、眼下に共同墓地と黒い泥で満たされている大穴を見た。ライルが打ち出された角度、速度は共にどんぴしゃりで、これなら一直線に共同墓地にたどり着ける。
「ポーの奴、なかなかやる……」
ライルは感嘆するが、問題もあった。ライルはいま青の商都の上空500mから自由落下している最中で、かつ、安全に着地する手段をもっていないのだ。
「こんなのどうしろっていうんだーー!!」
悲鳴を上げたが、1秒ごとに体は40mずつ落下し眼下の大穴はみるみる大きくなっていく。
これはあかんやつや……。
大穴を満たす泥が眼前に迫りライルは固く目をつむる。
ライルはそのまま大穴を満たす泥の中に最高速度で突っ込んだ。全身を分厚いマットでぶん殴られたような衝撃が襲う。体がバラバラになったかと思ったが、それでも意識はなんとかつなぎとめていた。
突然、抵抗感がゼロになった。
見るとライルは大きな暗い空洞の中を落下していた。ライルがアベの工房を吹き飛ばしてできた空洞で、電波塔がゆうに入る深さがあった。
その暗い空洞の底に一人の女が立っているのが見えた。
女の体は闇の中で黒く光っていて、ライルを見上げている。
ライルが目を凝らすと、女の体に赤い稲妻が走った。直後、女から衝撃波が放たれライルに襲いかかる。衝撃波は空中で身動きの取れないライルをギリギリでかすめると、地下墓地の壁に激突し瓦礫の山を作った。
ライルの全身から冷汗が吹き出す。
また女の体に赤い放電が走った。
万事休すか。
そのとき、瓦礫の影から人影が飛び出しライルに体当りし、衝撃波からライルをかばった。その人影はライルを抱えて共に地下墓地の石柱に身を隠す。
「こんな所でなにやっているのよ!」
押し殺した女の怒声がライルにぶつけられた。ライルが女の顔を見ようとするが、顔がなにか柔らかいものの間に挟まれ、顔を上げるどころか息もできない。両手でその柔らかい何かを押しのけてると、目の前に柳眉を逆立てたロロの顔があった。
ライルはロロのおっぱいを掴んだまま呆然とロロを見つめていたが、すぐに我に返って怒鳴った。
「それはこっちのセリフだ!誘拐されてたんじゃなかったのか?!」
ライルはつい熱くなり、おっぱいを掴む両手に力がこもる。
「あんっ」
ロロが声を漏らすと、ライルは狼狽えて「わ、悪い」と大きく飛び退いた。
そのとき、空洞の底でヒステリックな凍てつくオーラが爆ぜた。
「ヤバイ」ライルが察知したのと同時に、巨大な衝撃波がロロに襲いかった。そして、なんということか、身を隠していた太い石柱ごと、ロロの体がバラバラにされてしまった。
ライルは腰を抜かしてへたりこんだ。
ライルが掴んでいたロロの胸、怒っていた顔、視線を惹きつける美しい四肢が、目の前で無残な肉塊となり果てていたのだ。
再び、凍てつくオーラが爆ぜた。
またあれが来る。
ライルは弾丸の如く前へ駆け出した。
巨大な衝撃波がロロの残骸をミンチにしていく。
ライルはその巨大なミキサーの中に向かって走った。
衝撃波をかいくぐり、遮二無二、ロロの頭と右腕と左大腿部を拾い両手で抱えると、転がるように地下墓地の奥へと逃げ込む。
湿ったカビのにおいがする地下墓地の中をライルは全力で走った。走りに走って息が血の匂いになって、もう息ができなくなって、やっとライルは柱の陰に転がり込んだ。
肩を大きく上下させ抱えているものを確認する。
ロロの頭部、右腕、左大腿部はちゃんとある。ライルは安心すると、ロロの血で真っ赤になりながらそれらを強く抱きしめた。
ライルは「ごめん」と小声で言い、血だらけの手でそっとロロの髪をなでた。
もう一度「ごめん」と消え入りそうな声で言った。
そのとき「えへへへへ」と、だらしない笑い声が聞こえた。
ライルは慌てて周囲を警戒したが誰もいない。
だらしない笑い声はすぐ近くから聞こえてくる。
ライルは「まさか……」と腕の中を見た。
そこにはロロの頭部と右腕と左大腿部がある。
だらしない笑い声もそこから聞こえてきた。
ライルは抱えているものを一旦床に置き、ロロの頭部だけ両手で持ち上げた。
ロロの目は閉じられていて、唇には力なく薄く開いている。
ロロの顔は血と泥にまみれていたが美しかった。
ライルがロロの生首に妖しい感情を覚えそうになった時、生首の目がぱちっと開き、唇が艶やかに動き出した。
「ああん、もっと抱きしめて~!」
ロロの生首が喋った。
ライルは声にならない悲鳴を上げ、生首を全力で放り投げようとした、が、なんとかそれをこらえてしっかりと生首を掴み直した。
心臓が全力で走ったときの数倍バクバクして痛い。
ライルの反応を見て、ロロの生首は大笑いしている。
「……生きているのか?」
「見てわからない?」
「一体……ナニモノなんだ?」
「ただのアイドルよ」
ロロの生首はこれ以上無く端的に答えた。
以前、アモスがロロも外道に関わっていると言っていたが、まさか首だけになっても喋る美少女だったなんて。
一体アイドルって何なんだろう。生きてるってナニ?
ライルは自分の現実感がガリガリと削られていく感覚を味わっていた。