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赤黒く染まった白衣をきた女(4)

 青の商都の住人全員が墓地公園の中央が爆発して大きく陥没した様子に驚愕していたが、そのなかで最も激しく驚いたのはアベだっただろう。映像が映っている端末を持つ手ははっきりと震えていて、その画面を見る目は焦点を結んでいない、そんなアベの表情をどのように形容すればいいのか。驚きで口から魂が飛び出そうとしてる人間の顔とでも言えばいいか。とにかくあまりの衝撃にアベの意識の大部分は真っ白になっていることは明らかだった。



「私の工房が……工房が……工房が……工房が……」



アベが真っ白な意識で幽霊のように呟いている後方で、ライルは小さくガッツポーズをしている。アベがユラリと振り返った。



「……なにをしたの」



 幽鬼のような声だった。だがライルは自分のおまじないの成功を自賛していたので、アベの顔から血の気が失せ、なのに目だけは血走っていることになど気にかけずに言った。



「リモートで起爆させようとしたら電波が届かなくって。だから地脈で電波をブーストしたんだよ」



ライルのあっけらかんとした顔に向かって、アベが火を吐くように詰め寄った。



「そんなことぐらいわかってるわよ!あんたが街に流れている地脈や霊脈にアクセスすることで、人の流れを変えたり、少し先読みができるってことぐらいはね!私が聞いているのはそういうことじゃなくて、なんで爆弾が私の工房にあるのかってことよ!なんの恨みがあるのかってことよ!!!」



アベはいまにもライルの首をねじ切りそうな勢いだったが、ライルの方は平然としていた。



「なんの恨みって、そりゃ青の商都の住人の恨みだよ。特にとある飲食店経営者の恨みは深かった。俺はその恨みを晴らすのを手伝おうとして、今朝のうちにアベさんの工房に爆弾が届くようにしたんだ。まあ、少し爆発が大きくなったみたいだけどそれはサービスということにしておくからさ」



「なにがサービスよ!そんなのいらないわよ!!第一、わたしが何したっていうのよ!」



「ニンニクを根こそぎ買い占めた」



「え……?それの何がいけないのよ?ちゃんとお金は払ったわよ?」



アベはライルに何をいわれているか理解できずに、眉根を寄せていった。そんなアベのなにもわかっていない顔を見てライルはため息をついて言う。



「全部買い占めたら他の飲食店は商売ができなくなるだろが」



「そんなの自己責任よ。その人達がお金を払えないのがいけないだけじゃない」



アベはライルが何を言っているのか理解できずに、子供っぽく口をとがらせている。ライルはアベの30歳手前とは思えない子供っぽい反応と理屈にカチンときて、冷たく言い放った。



「だったら、それでこの街の人間から恨みを買って、報復に工房を爆破されるのも自己責任だ。諦めろ」



「なによそれー!」



 アベはライルの首を掴んでガックンガックンと揺さぶって抗議しているが、ライルはアベの手を邪険に振りほどき、アベが持っていた端末をぶんどった。ライルはぶーぶーと文句をたれるアベに構わず、ライルは墓地公園上空からの中継画像を見る。



 先程まで青の商都を飲み込もうとしていた黒い泥の流れは完全に止まっていて、墓地公園から距離のある場所では街独特の石畳の地面が見えていた。いっぽうで墓地公園とその周囲では泥は完全に引いてはおらず、そこには黒い沼ができていた。沼に中央には爆発できた大穴が口を開けていて、穴の中は夜闇が溜まっているかのように暗く、穴の奥の状況がどうなっているのか判別することはできなかった。どうやら泥の発生源は大穴の闇に落下したようだった。



画面からは、興奮した声でロロが実況が聞こえていた。緊迫した状況を伝えていてもロロの声は心地よく耳に響く。だがライルは、実況するロロの声が喜びで弾んでいることを聞き取って苦笑いした。



ロロもあの黒い泥の中心にグレネ・コンラディンがいることを確実に知っている。だからこそ、ロロはヘリコプターでその現場に駆けつけグレネの様子を世間に見せようとしのだと、そうライルは確信できた。まったくいい性格をしている。



墓地公園を捉えていたヘリコプターのカメラがロロに移った。再び画面に映し出されたロロは、背中に何かリュックのような物を背負っていた。ただ普通のリュックにはついていない太いベルトがロロの胸にかかっていて、ロロの体とガッチリ固定されている。そしてロロの顔はでかいゴーグルで顔全体の3分の1が覆われていた。



ライルが、まさか何をするつもりなんだと声が出そうになるよりも早く、画面の中のロロはマイクを片手に大声で実況を再開した。



「突如この青の商都を襲った黒い泥は一体何なのでしょうか?

 共同墓地で起きた爆発の原因は一体何なのでしょうか?

 この青の商都でいま何が起きているのでしょうか?

 それらの答えは、あの穴の中にあるのではないでしょうか?

 私、赤の城塞都市のトップアイドル、ロロ・セロンはあの穴に突撃取材を決行し、真実を皆様の目の前に明らかにしたいと思います。では、行ってきます!!」


ロロはそう言ってヘリコプターの縁に立ち、共同墓地に向かって勢いよくヘリコプターから飛び出した。ロロは共同墓地に向かって落下していき、画面に映っている体はぐんぐん小さくなる。そしてぱっと赤いパラシュートが開くのが映つされると、画面が大きく揺れた。今度はカメラマンがヘリコプターから飛び降りたのだ。



カメラマンがヘリコプターから飛び出したとき、画面の端に大人の男が両手を広げたぐらいの幅のある箱のようなものが映ったが、そこで画面はヘリコプターからスタジオに切り替わった。画面にはロロの奇行にあっけにとられたアナウンサーの顔が映ったが、プロである彼はすぐに表情を引き締めて青の商都で起こっている事件の続報を伝え始めた。



画面を見ていたライルの表情はアナウンサーと違って驚きで顎が外れそうになったままだ。そして胸の奥から熾火のような焦燥がにじり上がってきた。



ロロが向かう先には間違いなくグレネ・コンラディンがいる。ロロは徹底的にグレネを晒し者にするつもりだ。だがあの黒い泥の中心にいるグレネがまともな状態だとは考えられない。グレネは見た目こそ、銀髪、碧眼、巨乳でしかも本物の貴族という度の過ぎた美少女だが、中身は地に立てば石畳を踏み砕き、剣を振るえばテーブルを紙切れのように切り刻むことができる豪傑だ。そんな彼女が黒い泥で青の商都を埋め尽くさんとしているだ。今現在、一体どんな禍々しい姿になっているか、もはや想像することすら難しい。


それに彼女は白の皇都、第二皇子の后候補とされ注目の的になっている最中だ。もしこのままロロに手によってグレネの今の姿が世界に公開されてしまえばかつてないスキャンダルになる。いつかロロが言ったように、グレネは社会的に抹殺されるかもしれない。一方、ロロも無事でいられるとは限らない。今のグレネは、悪意を持ってやってくるロロを縊り殺すことに躊躇いを感じることなどないかもしれないからだ。この状態をただ黙って見ている訳にはいかない。なぜそう思うのか言葉になんてできない。ただライルは込み上がってくる焦燥で胸が焦げつくのに我慢できない。




ライルは駆け出して教室の扉に手をかけた。が、いくら力を入れても扉は開かない。鎖と鍵のガチャガチャという重い音がするだけだ。


「先生、まだか!!」


ライルが扉の向こうに向かって怒鳴り声を上げた。扉はリグによって厳重に鍵がかけられている。そのリグは鍵を探しに行ってまだ戻ってきていない。しかしライルは怒鳴らずにはいられなかった。


「おい、先生!!」


「ちょっと下がってろ」


もう一度ライルが怒鳴ったとき、扉の向こうからリグの小動物のような声とは違う、別の男の声が返ってきた。ライルが男が放つ剣気に驚いて後ろに飛びのいた、と同時に扉に斬撃が走り金属を無理やり叩き切る不快な衝撃音が襲ってきた。


ライルは不格好に尻もちをついて床に転がった。そして見上げると、いままでライルとアベを閉じ込めていた扉や鎖は残骸となって床に散らばり、扉があったその向こうにジーガが日本刀を鞘に収めながらライルを見て笑っていた。



「よっ。またせたな」



「ジーガ……、なんで?」



尻もちをついたままライルが聞くと、ジーガはライルに右手を差し出して言った。


「自警団の仕事でな。学校に取り残された奴がいないかどうか見に来たら、リグ先生が半泣きになってたから事情を聞いてここに来たってわけだ」


「なるほど。助かった」


ライルがジーガの手を取って立ち上がりながら言うと、廊下からリグが顔を覗かせてきた。


「ラ、ライル君、それにアベも、早く避難してください!」


それを聞いて思わずライルはリグを睨みつけてしまった。ライルに睨まれてリグは慌てて首を引っ込めて、姿を隠した。もともとの原因はリグが二人をここに閉じ込めて、さらにその鍵を何処かに無くしてしまったことなのだ。


 ライルの足元にはリグがライルとアベを閉じ込めるために使った鎖や鍵がいくつも散らばっていたが、どれも猛獣や魔獣に対して使うようないかついものばかりだった。それを見てライルは薄ら寒いものを感じざるを得なかった。小動物のようなリグが追い詰められたときに発揮する自己防衛本能は人の常識を安々と飛び越えてしまい、なかば狂気の域に踏み込んでいた。これからはあまりリグをいじめないようにした方がいいだろう。



「とりあえず、早くここから出るぞ」



ジーガがライルの肩を叩いて言う。ライルも頷いて教室の中を振り返った。



「アベさん、早く」



「……はいはい」



アベは赤く染まった白衣のポケットに手を突っ込んで教室を出た。まだ工房を爆破されたことをブツブツと言っていたがライルは聞こえないふりをした。


ライル、ジーガ、アベ、リグの4人が学校から出ると、昇降口の前にピックアップトラックが横付けされていて、助手席からアッカが手を振っていた。ライル達4人がそのままトラックの荷台に乗ると、運転席にいたソルが「じゃ、いくからつかまっててねー」と緊張感のない声で言い、思い切りアクセルを踏み込んだ。トラックが後輪が甲高い摩擦音あげて急発進したので、リグやアベは慌てて荷台のヘリにしがみついた。トラックが石畳の坂道を猛スピードで駆け下る最中、ライルは運転席側の窓枠を掴んでソルの左耳に向かって大声で言った。



「共同墓地まで行ってくれませんか?」



ライルの注文に、ソルは眉根を寄せて首を横に振った。



「それはできないなー。みんなの避難が先だからねー」



ソルの声に緊張感がないのは相変わらずだが、行動の優先順位を変更させる余地はなさそうだった。



「なら途中でおろしてください」



ライルがそう言うとソルはミラー越しにジーガを見た。ジーガが頷くとソルは仕方なさそうに「了解ー」と言ってさらにアクセルを踏み込んだ。



「共同墓地に行って何をするんだ?」



ジーガがライルに尋ねる。



「女の喧嘩の仲裁」



ライルがそう答えるとジーガはくくっと笑って言った。



「この街を守るとかじゃねーんだな」



ライルは少しバツの悪そうな顔をしてから言った。



「街のことならお前やアモスたちにまかせておけば大丈夫だからな。

 だけどあの二人のことは俺がなんとかしないといけない……と思う」



「好きにすればいいさ。確かにそれはお前にしかできないことだろうしな」



ジーガはそういうとライルの背中をバンバンと景気良く叩いて笑った。ライルは持っていた端末の画面を見た。画面の中では男性アナウンサーが事件の続報を伝えているが、ロロの姿は映されていない。ロロがグレネのもとにたどり着くにはまだ時間があるだろうが、のんびりしてはいられない。



ソルが運転するピックアップトラックが石畳の路地を右に左にと爆走する。普段この狭い道でこんな乱暴な運転をすれば十数秒でけが人を大量に発生然ることになるが、いまは街に人影はまったくなかった。みんな避難場所に逃げた後だ。青の商都は昔から外敵から危害を加えられることが多かったため、有事が起こった際の住民の避難行動は、ほぼ遺伝子に刻み込まれているようなレベルだった。そのため今回の事態においても住民に人的被害はほぼ出ていなかった。



少ししてライルたちを載せたピックアップトラックは開けた三叉路で止まった。この先右の道を下っていけば避難場所に、そして左の道を上がっていけば旧市街地を抜けて共同墓地へと行くことができる。ライルが荷台から飛び降りて左の道に行こうとすると、荷台の上からアベが真面目な顔で声をかけてきた。



「ライル、魔女の革の手帳には気をつけなさい」



ライルは振り返って一瞬考えた。気をつける?どういうふうに?グレネが持っている魔女の革の手帳はライルについてほぼなんでも書かれているというストーキングのためのような魔具だが、直接危害を加えるような力はないはずだ。だがライルは「わかった」と頷いた。アベの言っていることの意味はわからないが、真面目な顔をしているアベが意味のないことを口にしないことはわかっていたからだ。



ライルは走り出そうとしたとき、アベの横で荷台にしがみつきながら目を回しているリグに声をかけた。



「先生、結局鍵はどうしたんですか?」



リグは頭をフラフラとさせながら「へ?」声を漏らし、しばらく考えて、やがて小首をかしげて言った。



「か、鍵ってなんのことですか?」



ライルはめまいを覚えた。どうやらこの小動物のような可愛らしい先生は、その小さな自我をストレスから守るために、自分がライルとアベを閉じ込めてあわよくば亡きものにしようとしていたことそれ自体を記憶から追い出してしまったらしい。ライルはリグのつぶらに潤んでいる瞳をみて「いや、なんでもないです」と答えると、三叉路の左の道を駆け上がっていった。

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