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赤黒く染まった白衣をきた女(2)

 画面にはヘリコプターからの街の空撮が映っており、右上には「中継」とある。カメラは地下共同墓地の上にある公園を捉えていた。異様だったのは、普段は芝で青々としているはずの墓地公園とその周囲が、真っ黒な泥のようなもので埋め尽くされていたことだ。中継の映像は、まるで古い町並みの写真を黒い墨で塗りつぶしたように、どこか現実感がない。



「新手の画像処理?」



「墓地公園に写ってはまずいものなんてないわよ」



「アベさんの工房はとても放送なんてできないだろ?」



「あれは地下にあるから大丈夫」



 アベとライルは軽口を叩きながらも、中継画像に食い入っている。黒い泥のようなものは墓地公園を中心にどんどん広がり、ゆっくり街を飲み込んでいっていた。ライルは扉の向こうにいるリグに大声で聞いた。



「この黒い泥のようなものが避難指示の理由ですか?」



「そ、そうです。この学校は高台にありますがその黒いのは地形の高低に関係なく街に広がっていて、じきにここも飲み込まれるかもしれません。だ、だから早くここから出てきなさい!」



「出てきてほしかったら鍵を開けて下さい!」



「え、か、鍵?」



「そう!鍵!」



「か、鍵は……鍵は……、鍵はどこにいったんでしょう?」



「は?」



ライルから教師に対する敬意というものが完全に抜け落ちた。



「鍵は先生がもっていたんじゃないんですか?!」



「も、確かに持っていました。持っていましたけど、でも……」



「でも、なんです?」



「か、鍵を見ているうちに、この鍵がなくなればこの扉はずっと開かないで二人はでてこないんだろうなぁーって考えてたら、…………いつの間にかなくなってました」



 ライルは頭を抱えた。この人は本当に俺たちを封印するつもりだったのだ。普段おとなしい人が追い詰められると、とんでもなく怖い行動に出るというのは本当だった。



「あ、あのだからライル君達が自力で出てきてくれるとありがたいんですけど」



「できるか!そんなもん!!」



「ご、ごめんなさい!わ、わたしどうすれば……」



「とにかく鍵を見つけてきて!早く!」



「は、はい!!」



 扉の向こうでリグが何度も頭を下げる気配が伝わってきたあと、ぱたぱたぱたと小動物が走り去る音がして静かになった。



「たのむよ、リグさん……」



ライルが深い溜め息を吐くと、それまでリグとライルの会話をだまって聴いていたアベが遠くを見ながら言った。



「でもさー、鍵がなかったら私達が出てこれなくなるって平和になる考えたんでしょ?あの子は」



「そうだけど?」



「ということはさ、このままここが飲み込まれたら、私達もいなくなって平和になるって考えるんじゃないのかな、あの子は」



「あー……」



 ライルは言葉に詰まった。リグは教師としても女性としてもとてもいい人だ。ただ、彼女が自身の小動物のような精神を守るために、どんな防御行動をとるかわからない。実際、ここの鍵の存在を記憶から消してしまうという離れ業をやってみせたばかりだ。



「まあ、私たちは私達で脱出の方法を用意しておいたほうがいいでしょうね」



「この状況の俺達にどんな方法があるっていうんだ?」



「そりゃ、爆破とか瞬間移動とか……適当にあるんじゃないかしら」



 ライルは「そんなばかな」という目でアベを見たが、アベはずっと携帯端末の画面を見ている。黒い泥はゆっくりと確実に街に広がっていく。泥の中心部は黒い霧のようなものに覆われていてよく見えない。これだけ大量の泥が一体どこから湧いているのかわからない。


 だがライルはこの泥と同じものを見たことがある。しかしこんな量ではなく、せいぜい雫程度の量でだ。それでもいま街を飲み込んでいっている泥と、あのとき見た泥は同じだと確信できた。



「魔女かしら……」



 アベが自分に問うようつぶやいた。ライルは夢見の回廊で見た幼いグレネと、その横に立っていた顔に黒いモザイクがかかった大女のこと思い出した。



「墓地公園に魔女がいるのか?」



「それはないわね。だってあれは10年前、夢見の回廊に封じられたはずだもの」



「どうやったのさ?夢見の回廊は精神干渉の術式だろ?」


 

 幻を見せる術で、魔女を封印するとはどういうことなのか。ライルは理解できていない。それに魔女を封印している間、術式も動き続けなければならない。だが夢見の回廊はつい最近まで起動していなかったはずだ。

 アベはライルの疑問に答えるために赤黒く染まった白衣のポケットから五円玉を取り出し、紐をくくりつけて、ライルの目の前にぶら下げた。



「あなたはだんだん眠くなーる、眠くなーる」



「………なに?」



「眠くならない?」



「なるか」



「残念。でも夢見の回廊をつかって同じことをやったらどうかしら?」



「そりゃあんな大規模な術なら一発で眠くなるだろうけど……。まさか、魔女を催眠術で眠らせたっていうのか?」



ライルがいうと、アベは五円玉にくくりつけた紐を解きながら答える。



「そのまさかをやったのよ。相手が魔女でも暗示は作用する。ただし、魔女にかけた暗示は『あなたは眠くなる』じゃなくて『あなたは存在しない』だけどね」



 アベはなかなか五円玉から紐をひどくことができずに知恵の輪と格闘してるような顔になってる。ライルのほうも、アベが語ったことを理解できずに同じような顔になっていた。ライルがさらに質問する。



「どういうことだ?『眠くなれ』と言われたら、自分は『眠りたくなってる存在』だと思い込んで眠くなる。だけど『お前は存在しない』っていわれても、自分は『存在しない存在』である、なんて矛盾を思い込めるとは思わないな?」



「いいとこに気がついたわね。確かに普通の人に『あなたは存在しない』なんて催眠術をかけようとしても作用しないわ。でもあの魔女になら効くのよ。それが魔女の本質に関わることだからね」



「なんだか魔女が人間じゃないような言い方だな」



「そうよ。あれは人間じゃないし化物でもないし魔物でもないの。そもそも実体なんて無いのよ」



 ライルは知恵の輪が絡まったような顔になった。ライルが夢見の回廊の中で見た幼いグレネの横にいた大女は、姿形は異様だったが実体はあるよう見えた。

 アベは五円玉にくくりつけた紐が解けないのに苛立ちながら、ライルの疑問に答えてやる。



「魔女の正体は知識欲の塊なの。実体を持たない貪欲な知識欲が先にあって、それに自分の体を器として提供したのが魔女と呼ばれる元人間なのよ」



「それって魔女が何人もいるってこと?」



「いいえ。魔女は魔女よ。あれはずっと昔から単数形だから」



 個別の意志に見えるものも、もとを辿れば一つの意思に収斂するとでもいうのか。話がなんだか宗教じみていて、ライルにはちょっとついて行けない。

 アベは五円玉との戦いを続けならが話しを続ける。



「魔女の本性は貪欲な知識欲であるということ踏まえて、その本性に『あなたは存在しない』と暗示をかけたらどうなるか考えてみて。

 このとき魔女の器は影響を受けない。だってそこに肉体が存在してるんだから何を言っても無駄よね。

 でも本性の方は違う。『魔女の知識欲は存在しない』こともあり得てしまう。だって欲望は尽きることがないからね。何を手に入れても満足できないのは、その欲望自体が蜃気楼みたいなものだからなのよ。

 ここで魔女の器と本性の間で矛盾が生まれ、それが大きくなれば耐えられなくってしまう。だからあの魔女はある妥協案を実行したの」



「どういう?」



「魔女は時間の枠の外に逃げたのよ。存在するかどうかは時間がある世界の話だからね。存在しない存在という矛盾を解決するために存在というものがない時間の外に、つまり自分だけの世界に閉じこもったのよ」



「その閉じこもった世界が夢見の回廊の中?」



「そういうこと」



 アベは紐を解くのを諦めたのか、五円玉を机の上において赤黒く染まった白衣のポケットをまさぐっていた。そしてポケットから小さな瓶を取り出し、その中身の黄色い粉を五円玉の上にふりかけた。黄色い粉からは、にんにくとは別の強烈な臭いがした。硫黄だ。



「……何してるの?」



「紐を焼き切るのよ。ねえ、マッチ持ってない?」



「アホかあんた。だいたいなんで硫黄なんて持ち歩いているんだよ」



「癖になっているのよ」



「だから!どんな生活していればそんな癖つくんだよ!」



「何言っているのよ。硫黄は錬金術の根源の3物質の一つじゃない!。持ち歩くのは常識でしょう」



「あ、ああ、それはたしかに……」



 たしかにそう……なのか?アベが堂々と胸を張っていうものだからライルも自分のほうが常識にかけている気がしてきた。特にアベは悪魔祓いだから錬金術の道具を持ち歩いている方が常識的なのかもしれない。

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