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歪む(4)

グレネは沈黙している。カーフィンクはグレネの中で起きた変化に気がついていないまま、努めて冷厳に口を開いた。



「既に死してるお前を殺せるものはいない。だがお前を不死の化物としてこの世につなぎとめているのはライル・ローだ。だから私は彼にお前を殺してくれと依頼したんだ」



「…………」



「グレネ。我が妹よ。お前は塵に帰らなければならない」



 カーフィンクの言葉が公園の静寂に吸い込まれていく。後ろに控えているバスバは唇を噛み肩を震わせている。

 沈黙していたグレネの口からふふふっと笑い声が漏れた。カーフィンクとバスバが訝しむ。グレネがまたふふふっと笑う。カーフィンはグレネの瞳をみて、小さくない不穏を感じた。グレネが口を開いた。



「ねえ、兄様。生きているとか死んでいるとかいうのは一体どういうことなんでしょうね」



 グレネは実に楽しげで、喜劇の感想を語るようだった。だがカーフィンクはグレネの中身が一変していると知り息をのんだ。グレネが楽しげに言う。



「兄様はいま私にお前は死ななければならないとおっしゃりました。私の命は10年前に失われているともおっしゃりました。可笑しいですわよね。なぜ私だけこんなおかしなことになっているんでしょうか?笑ってしまいますわ。

本当に可笑しい。

私がこんなにオカシイから、私のライルさんへの愛も幻想なんでしょうか。私がオカシクなくなればライルさんへの愛も幻想ではなくなるのでしょうか?それとも、みんなが私と同じようにオカシクなってしまえばいいのでしょうか」



グレネは、良いことを思いついた幼子のような笑顔だった。カーフィンクは心臓を氷の手で握られたような心地がした。



「グレネ、お前、一体何を考えている?」



「みんなも私と同じようしようというのですわ。みんなを私と同じように黒い泥に沈めてしまいましょう。誰も彼もを黒い泥で黒く染め上げてしまいましょう。そうすればみんな私と同じように生きているのか死んでいるのかわからなくなって可笑しな事になりますわ。みんなオカシクなって私の愛は本物になりますわ!」



グレネは舞台にひとり立つ女優のように高らかに歌った。グレネは墓地がキライだった。墓地は自分がすでに死んでいる身であること思い出させる。だがいま、この墓地公園がこの上ない晴れ舞台だった。主演女優はグレネ。観客は地下に眠る亡者たち。そして演目は生者と死者を分かつ川が黒い泥で埋め尽くされる物語だ。



 前触れ無く、グレネの胸に激痛が走った。胸の痛みはどんどん激しくなり胸の奥から苦いものがこみ上げてきて、グレネはたまらず片膝をついた。そして吐血するように口から黒い泥を吐いた。慌ててバスバがかけより、グレネの背中を擦りがら言う。



「お嬢様!?カーフィンク様、これは一体?」



カーフィンクもうずくまるグレネの前に膝をついてその様子を覗き込みながら言う。



「もしかして、呪いの力がグレネの体から溢れ出している?」



「バカな!?」



 バスバはカーフィンクに怒鳴った。カーフィンクにしても確信があるわけではない。グレネの心臓が発する呪いの力は強力すぎてグレネ自身を傷つけてしまう。苦肉の策として、カーフィンクの部下たちに呪いの力を分散さてグレネの負荷を和らげていた。分散させている人数には十分余裕を持たせていたはずで、一人いなくなろうが十人いなくなろうが問題ないはずだった。グレネの体からその容量を超えて呪いの力が漏れ出すとは考えられなかった。



だが、当のグレネには自分の身に何が起こっているのかわかっていた。



いまグレネの体の中では心臓に施された魔女の呪いから生まれる力をうまく分散することができていない。十数人のカーフィンクの部下たちに分散される呪いが流れていっていない。それどころか、呪いの力が部下たちからグレネへと逆流してきていた。



なぜこんな逆流が起きているのか理由はわからない。だが誰の仕業なのかは直感していた。グレネに対してこんな嫌がらせをするのはあの女一人しか思い浮かばない。だがそれも現実が歪んでいるグレネにはどうでもいいことだった。



みんなを黒い泥に沈めて自分と同じようにオカシクするのだ。そのためには魔女の呪いは、黒い泥はいくら多くてもかまわない。



グレネは懐から短剣を取り出し、太陽が高く登った青空にかざした。白刃が太陽の光をうけてギラリと輝く。カーフィンクとバスバが唖然としているなか、グレネはかざした短剣を寸分の淀みもない動作で自分の胸に突き刺した。グレネの胸から黒い泥が高く高く吹き上がり、青い空を真っ黒く覆っていった。

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