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パーフェクトな偽乳(4)

突然の誘拐劇に、ライルもグレネも呆然と痴漢とロロが消えていった方を見ていた。



「ロロが、胸を揉まれて誘拐された…………」



ライルがつぶやくと、



「されちゃいましたね………」



グレネも理解がおいついていないまま言った。



「これってグレネの兄さんの差し金か?」


「兄をご存知なのですか?!」


「う、うん。昨日、少しな」


「っ……。直接ライルさんと接触したなんて聞いていないわよっ。あのバカ兄様は一体何を考えているのかしら」


ライルから兄の名が出たことで、グレネは目を釣り上げた。ライルはその反応に少したじろいだ。だがグレネはそれどころではない。あの捉えどころのないバカ兄の考えを手繰るのに必死だった。



「ライルさん、何か兄が失礼なことをしませんでしたか?」



「いや、失礼というか何というか。どこまでが君の兄さんがやったことなのかよくわからないし……」



 ヴェロニク・ブランキーのオフィスに押し入ってきた侵入者たち。そのあと、カーフィンクと対面した時の話の内容。そして、あの「妹を殺してくれ」と書かれた手紙。全てがカーフィンク・コンラディンの企図なのかそうでないのか、ライルにはその判断を下す材料が圧倒的に足りていない。



「まず、目の前で起こったことから考えよう。ロロを誘拐したのはカーフィンクの指示なのか?」



ライルは表情を引き締めて問うた。グレネは首をゆっくり横に振って答えた。

 


「おそらく違います」



「でも、あれってカーフィンクの部下だろ?グレネの兄さんがあいつらに痴漢とか誘拐とか襲撃とかさせてるじゃないのか?」



「兄さんが指示したのは、昨日、ヴェロニク・ブランキーのオフィスを襲撃させたことだけでしょう。あとの痴漢騒ぎとロロの誘拐は…………おそらく私に原因があります」



ロロの最後の方の言葉は絞り出すような声だった。


「どういうことだ?」



「その前にお聞きしたいのですが、昨日兄とはどのようなことを話されたのですか?」



「………君と魔女のことを聞いた。君が生きていくためには魔女の呪いが必要だということ。呪いの力は強力すぎて、部下たちに分散させないといけないことも聞いた」



 ライルはカーフィンクからの手紙のことは伏せておいた。あの手紙にはグレネを殺してくれと書いてある。そんなこと本人の前で言えるわけないし、あんな頼みなんて聞くつもりもない。ライルは自分にそう言い訳をする。



グレネは目を伏せて黙考した後、ライルの目を見た。



「そこまでご存知なら話は早いです。ただ、兄が話さなかったことが一つあります。ここ最近、理由はわからないのですが私の中の呪いが活性化しています。そのせいであの者たちにかかる負荷が増えていて、中にその負荷に耐えらえなくなってきた者も出ていました」



「そういう場合、交代要員とかいないのか?」



グレネは首を強く横に振る。



「これ以上、私のために人生を失う者を増やすわけには行きません」



「じゃあ、耐えらえなくなった連中はどうなるんだ?

 死んでしまうとか?」



グレネはライルから目をそらせた。



「死ぬことはありません。私が生き続ける限り、あの者たちも生き続けます。たとえ呪いの力で正気を失い、人としての原型すらとどめなくなっても生き続けます……」



「じゃあ……、痴漢の連中はグレネを探しだして、何をするつもりだ?」



「おそらく、私を殺すつもりなのでしょう。呪いの苦しみから逃れるために」



グレネはそう言って笑った。ライルはその笑顔から思わず目を背けそうになる。



「彼らの目が封じられているのは、私を認識できないようにして、万が一の反乱などを許さないためだったんですが、まさか胸の形状を手がかりにするとは思いませんでした」



「まあ、そのせいで完全に人違いをしたみたいだけどな」



 ライルはロロが連れ去られた方を見た。痴漢はここ数日間で街中の数百人のおっぱいを揉みまくっていた。中にはグレネと同じGカップの持ち主も多数いたが、痴漢たちの触覚が騙されることはなく、ちゃんと別人だと判断できていた。


 おっぱいのプロファイルを行ったヴェロニク・ブランキーは痴漢が探しているおっぱいのことを奇跡と呼んだ。だがロロの偽乳はパーフェクトだった。百戦錬磨の痴漢を騙すことに成功してしまったのだ。グレネの話では痴漢たちの目的は呪いの力の源泉であるグレネを殺すことだ。ならばグレネと勘違いされてるロロの命が危ない。



「ライルさんはこのまま学校に行ってください。バスバ!」



周囲の人混みに向かってグレネが呼ぶと、その奥の方から先ほどライルに飛びかかろうとしていた男が走り寄ってきた。コンラディン家グレネ専属執事のバスバだ。



「兄にロロ・セロンを探し出すよう伝えなさい。あと絶対逃げるなとも言っておいて」



「かしこまりました」



「おい、グレネ!?」


素早く指示を飛ばすグレネに、ライルはたまらず声を出した。グレネはライルに視線をやる。その瞳には少しの濁りもなかった。



「ライルさん。これは私どもの不始末です。私たちが対処いたします。ちゃんとロロ・セロンの安全を確保しますから安心してください。」



「自分を殺そうとした女を助けられるのか?」


「もちろんです。私はライルさんと、ロロとは殺しあわないと約束しましたからね。私がライルさんとの約束を破るなんてありえません。まあ、あっちはどうか知りませんけど。」


グレネはそういうとライルに一礼して、人混みに向かって歩き出す。するとライルとグレネを取り囲んでいた野次馬たちが動き、人混みの中に自然と静かに堂々たる道が開けた。グレネは野次馬にもライルも一瞥もせず、その道の真ん中を歩いていき、姿が見えなくなった。

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