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パーフェクトな偽乳(3)

 ライルはいつもとは違う登校ルートを選んだ。この両手に花の状態から逃れられないなら、せめてできるだけ人目が少ないところに逃げたかった。人目から逃げるように、狭い石畳の路地を歩いていると、3人はやがて小さな広場に出た。そこはライルがグレネと一緒に魚のコロッケを食べた広場だった。

 広場にある十数件の露店では、みんな開店準備に忙しそうに動き回っている。ライルがその様子を横目に見ながら通り過ぎようとすると、大柄な中年女性が声をかけてきた。



「ライル、そんな美人連れて学校はどうしたのさ?」



 声をかけてきたのは魚のコロッケ屋の女房だ。女房の胸周りが非常に大きくて、おっぱいの大きさだけならグレネを圧倒している。それはジーガが評したようにおっぱいというよりかは肉といったほうが近いかもしれないが、グレネやロロにはない圧倒的な母性を感じさせる。


 コロッケ屋の女房は美少女二人に挟まれて渋面をしているライルを珍獣を見るような目で見てくるので、ライルは渋面を作り女将に答えた。


「これから行くところだよ」


「そんな女の子連れで学校にいくのかい?まったく最近のライルはドMだけじゃなくてドエロになっちまったんだねぇ」


「なんか色々ひどいな……」


 コロッケ屋の女房は眉間に指を当てて嘆かわしいと大げさに首を振り、ライルの渋面はますます渋っていく。ライルが露店をのぞくと、コロッケ屋の店主がライル達には目もくれず黙々とコロッケの仕込みをしていた。ライルはその様子を見て、女房に聞いた。



「ニンニクは手に入った?」



「いいや、まだ品薄のままさ。本当にアベさんには困ったもんだよ」



女房は両手を上げて苦笑いしている。アベさんが街中のニンニクを買い占めてしまった影響はまだ収まっていないらしい。



「……あいつ、ブッ殺してやるブッ殺してやるブッ殺してやるブッ殺してやる……」



 アベさんの名前に反応したのか、店主から怨念のようなものが噴き出しはじめた。女房が店主の様子にやれやれと苦笑する。



「ねえライル、少しアベさんにお灸をすえられないかね?そうでもしないと、この人が何かしかねないんだよ」



確かに店主は少々イっちゃってる顔で魚をミンチにし、口からはブツブツと呪詛を漏らしている。とてもコロッケの仕込みに見えない禍々しい姿だった。



ライルはこめかみに人差し指を立てしばらく思案した後、コロッケ屋の女房に言った。



「これをアベさんの工房に午前中に着くように出しといてくれない?」



ライルは鞄から辞書ぐらいの大きさの小包を取り出してコロッケ屋の女房に渡す。



「なんだい、これ?」



「お灸だよ」



 ライルはニヤリと悪どい笑みを浮かべる。女房も瞳をギラリと光らせて笑い、二人はがっしりと握手を交わした。グレネとロロは二人のやり取りを、テロリストの取引かのように見ていた。



 ライル、グレネ、ロロの三人はコロッケ屋を後にして、学校へと向かう路地を歩いていく。さすがに学校に近づくにつれてライルたちを取り巻く人の数が増えてきた。どれも同じ学校の制服を着ているが、誰も彼も一般庶民のライルと公爵家令嬢、さらにはトップアイドルとの組み合わせに好奇の目線を突き刺してくる。グレネもロロもそんなものは一切気にしている様子はなかったが、ライルはずっと二人のファンから撃たれたり刺されるのではと気が気ではなかった。


 そんなライルの器の小さなどお構いなしに、ライルの左袖をつまんで歩いているグレネは幸せな夢の中にいるような表情をしていた。その頬を紅潮させた横顔に女子の野次馬は歓声を上げ、野郎の野次馬はゴクリと生唾を飲み込む。


 グレネに対抗するかのようにロロがライルの腕に自慢の胸を押し付ける。圧迫感に寄って大きく変形するブラウスとはじけ飛びそうになるボタン。それに女子はまたも歓声をあげ、野郎は股間の辺りをモジモジとさせてる。なんだこの公然猥褻、かつ、ワイドショー的な公開処刑は。ライルは泣きたくなってきた。



ロロは幸せそうなグレネを面白くなさそうにじとーっと見て言った。



「ねえ」



「…………」



「ねえ、ちょっと、グレネ・コンラディン!」



「邪魔しないで下さい、偽乳アイドル」



「なによ、この家事音痴」



「ふん、何ですかそのサイズの合っていないブラウスは?その制服は新調したばかりでしょう?」



グレネは胸のボタンがはじけ飛びそうになっているロロのブラウスを見て笑った。


確かに。昨日見た時はこんなに窮屈そうではなかった。健康美を売りにしているアイドルが一日で太るわけがない。ロロの胸のボリュームはグレネのそれとほとんど同じになっていて、ぱっと見ではどちらがどちらの巨乳かわからない。一晩で偽乳がグレネの同じレベルまで成長したのだろうか?そう言えば昨夜グレネの胸に難癖をつけた後、どこかに電話をしていたけど、もしかすると……。



ライルとグレネが疑念を込めた目でロロの胸元を見ている。ロロはたまらず両手で胸を隠した。



「せ、成長期なんだから、このくらい普通でしょ?!」



ロロの弁明はどこか必死だ。グレネはそれを敏感に感じ取ると、全てを見透かしたかのように口元に完全勝利の笑みを浮かべた。



「バージョンアップさせたんですね、その偽乳を私に合わせて。」



「ち、違うわよ!」



ロロは否定したが、残念ながら目に涙が浮かんでいる。


 一晩で偽乳が大きく成長するわけがない。そもそも偽乳は成長しない。昨日の電話は新しい偽乳をオーダーしていたのだろう。ライルはもうこの際だからと思い切って聞いて見ることにした。



「本当のロロのっサイズっていくつなんだ?」



「Gに決まってるじゃない!!バカ!!」



完全に涙声だった。



「うむ。パーフェクトなGカップだ」



 突然、ロロの涙声にライル達3人とは別の男の低い声が割り込んできた。その声の主はいつの間にかロロの背後に回りこみ、がっちりとロロの「新しいGカップ」を鷲掴みにしている。あっけに取られて何も反応できないライル、ロロ、グレネ。


3人をよそに、男はロロの胸をモニュ、モニュ、モニュと3回きっちり揉み切った。ロロがやっと悲鳴を上げようとした時、男は構わず冷静にもう一回モニュンと胸を揉んだ。そして叫んだ。



「素晴らしい!ついに見つけたぞ!!」



 歓声をあげた男の目は黒い紙のようなもので封じられていた。昨日ヴェロニクのオフィスに押し入ってきた男達とそっくりだ。ライルとグレネはまだ何が起こっているのか理解しきれていない。そして男は暴れるロロを軽々と抱きかかえて建物の屋根に飛び乗ると、あっという間に迷路のような街の中に消えていった。



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