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パーフェクトな偽乳(2)

 ライルが朝食の後片づけを手伝い、鞄とジャケットを手に下に降りていくと、すでに制服姿のロロがライルを待っていた。ライルはロロがドアの窓から差し込む光の中に佇むの見て、息をするのを忘れた。そこに立っているのは高嶺のアイドルではなく、まるで幼なじみヒロインのような美少女だった。童貞男子の理想がそこにはあった。



「さ、行きましょう」



ロロはライルの右腕をケガに障らないように取り、その腕がちゃんと自分の胸に当たるようにして抱きついた。


 ライルはドキリとしたが、そこで妙な違和感を感じた。腕にしがみついているロロの頭の位置が、なんだか昨日より高くなっている気がしたのだ。かかとの高い靴でも履いているのかと違和感の正体を探ろうとしたが、右腕が暖かく柔らかい弾力、すなわちおっぱいによる暴力的なおっぱい力に襲われて、ついさっき感じた違和感は全て吹き飛ばされてしまった。



 特に今日のおっぱいは効いた。なんだか張りとボリュームがパワーアップしている気がするし、昨日新調したという制服のブラウスの胸のボタンがはじけ飛びそうになっている。今朝のロロの制服姿が昨日よりずっとエロく見えて、視線をどこに向ければいいのか困ってしまう。偽乳といえどこれは凶器だ。ライルは触覚と視覚を襲う凶悪な刺激に何とか抵抗しようと、無理やり話題をふった。



「本当に一緒に登校するのか?」



「あたりまえじゃない」



 ロロが一緒に登校しようと言い出した時、ライルはどう断ろうかとさんざん悩んだ。みんなが注目するトップアイドルと並んで登校するなんて、街中でどれだけ目立つかわらない。それにアッカのような熱心なファンに見つかったらどうなるか。というか、アッカに見つかったら血を見るのは必定だ。



 しかしライルはロロの上目遣いのお願いに抗しきれず、押し切られてしまった。自分の社会的、身体的安全が脅かされるとわかっていても、あれが演技だとわかっていても、また、ロロに心を許したら殺られてしまうとわかっていても、それでも可愛い女の子には勝てないのだ。まったく男とは愚かな生き物だ。



 ロロがドアに手をかける。だがロロはなぜかドアに手をかけたまま、ピタリと固まってしまった。



「?」



 ライルが固まってるロロの代わりにドアを開けようとすると、ライルの背中に氷柱を押し付けられたかような悪寒が走った。ドアの向こうにすさまじく冷たいプレッシャーがある。この感じには覚えがある。ライルがそっとドアを開いて外を窺うと、そこにはやはりグレネ・コンラディンが氷の彫刻のような美しい笑顔をたたえて仁王立ちしていた。



「おはようございます」



グレネは美しい笑顔で挨拶した。まるでダイヤモンドダストの美しさで、命の危険を感じさせる。



「お、おはよう。なんでここに……?」



「そこにいる女が調子に乗っていたようでしたので、急いで駆けつけました」



グレネが笑顔で、ライルの右腕に抱きついているロロを睨む。ロロも不満を込めてグレネを睨み返す。



「私が何をしたっていうのよ?」



「ライルさんに朝ご飯を作るなんて、身の程をわきまえなさい」



「なんでもう知っているのよ……」



「言ったはずです。ライルさんは私の愛の監視下にあると」



「ライル、このストーカーを放っておいていいの?!」



「もう半分諦めてる」



グレネに指差して叫ぶロロにライルはため息をつく。ロロがグレネに言った。



「どうせ料理ができないからって、ひがんでいるんでしょう?」



「………っ」



ロロの挑発にグレネはいつものように反撃ができなかった。



「あ、本当にできないんだ……」



ライルがポツリというとグレネは耳まで真っ赤になった。



「だっ……わたし……家の……っ」



グレネの言葉は言葉にならず、結局顔を赤くしたまま俯いてしまった。少々いじめすぎてしまったかもしれないけど、ちょっと可愛く見えた。



「行こう。遅刻しちまう」



 ライルはグレネの背中をパンと叩いて歩いていく。その背中をグレネはポーッとして見ていたが、すぐに我に返ってロロとは反対、ライルの左側に駆け寄った。グレネはしばらく黙ってライルの横を歩いていたが、もじもじとたっぷりと躊躇した後、「うん」と意を決してライルの左袖をほんの少しだけつまんだ。それだけのことなのに、グレネの顔はまるで満願成就したのようににやけている。



 ライルを挟んだ反対側から、ロロがグレネを面白くなさそうに見ていた。そしてグレネに負けじとライルの右腕に抱きつき、精一杯自分の胸を押し付けた。そんな二人の意地の張り合いに、ライルは覿面に狼狽した。この状態はまずい。この両手に花はまずい。しかもただの花ではない。右の花はトップアイドル、左の花は公爵家令嬢という大輪の花である。


 こんな状態を人が見たらなんと思うだろうか。恐る恐る周囲に目をやると、なんと道行く人々が一人も残さずライル達に注目しているではないか。ある者は指を差し、ある者は写真を撮り、ある者は肩を震わせ懐に手をやり今にも飛び掛かってきそうだった。


もう、どうとにでもなれ。

ライルは天を仰ぎ瞑目した。



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