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死を与える神

 ライルは家に帰るとすぐベッドに倒れこんだ。カーフィンクのせいでとても疲れていた。だが頭が興奮して寝付けない。やっとウトウトしてくると、浅い眠りの中で夢を見た。


 向こうでグレネが微笑んでいる。ライルは近づこうとするが、足下がグニグニしていて歩きにくい。足下を見ると、そこには目を黒い紙のような物で封をされた大量の男たちが積み重なっていた。男たちは亡者のように蠢きながらグレネの方へと這いずっていく。グレネは亡者たちの上に立ち、美しい顔をほころばせてライルを見ている。


 ライルが立ち尽くしていると亡者の一人がライルの足首を掴み、ライルにしがみつきながらはい上がってきた。驚いて亡者の顔を見るが、顔に黒い靄がかかっていてよく分からない。その亡者がライルが首を切り落とした実妹のカナによく似た声でこういうのだ。「私を殺して」と。


 そこで目が覚めた。部屋はまだ暗い。時計は午前2時をさしている。かなり汗をかいて、喉もカラカラだ。ライルは重い体を起こして1階に降りていった。1階にある小さなバーでは、ライルの祖父アモス・ローが一人でグラスを磨いていた。ライルがカウンターに座ると、アモスが手を止めた。


「ご注文は?」


「未成年に酒を勧めるなよ」


 ライルはニコリともせずに言った。アモスはグラスにミルクを注いでライルの前に置き、悪戯をする悪ガキみたいに言った。


「カーフィンク・コンラディンに会ったのか?」


「!?」


不意に核心を突かれてライルは口をあんぐりと開けた。


「夢見の回廊が作動しただろ。自治会としては誰がやったのかぐらいは一応押えておかないといかんからな」


 アモスはライルの驚いた顔に満足して、くっくっくと笑った。青の商都は古くから多くの人間が利害がぶつかり、そして多くの妥協を積み上げてきたきた街だ。そのような場所では一元的に管理するより、小さな自治組織が協調する方が効率がいい。アモスはそういう自治会の古株だった。


「カーフィンクには何て言われたんだ?」


「妹の悪夢は楽しめたかって言われたよ。何が悪夢だ。

 幼いグレネは虐待されてるわ、魔女は出てくるわ、酷いって言うもんじゃない。魔女の顔にはご丁寧にモザイクがかかっていて、あれがカナを狙った魔女が同じかどうかわからなかった。」


「魔女は魔女だからな。あれはいつも単数形だ。」


「っていうか、魔女が夢見の回廊に封印されてたなんて聞いてないぞ?」


「お前はまだ子供だからな」


「俺はもうあんな間違いはしない」


アモスはライルの目の光を見て口元に笑みを浮かべた。


「あの時は緊急だった。夢見の回廊は精神干渉をする大規模結界だ。魔女を部分的でも閉じ込めるにはあれを使うのが最適だったんだよ。でも、そうかあのお嬢様の臭いの原因は魔女だったのか」


「そのアモスが言った臭いっていうのと魔女がグレネの心臓にかけたという呪いは関係あるのか?」


「ああ。俺が言った臭いってのは外道の技のことだ。グレネ・コンラディンが臭ったのはその呪いのせいだな」


「ちょっと待て。じゃあ、ロロからも同じ臭いがしたってことは……」


「あの娘も外道を歩む者だろう」


 ライルは目眩を覚えた。外道というのがどういうのものか知っているわけではない。だが夢見の回廊の中で見た光景、あの幼いグレネに管を突き刺している様子を見ればまともじゃないことは理解出来る。グレネとロロという自分に迫ってきている二人の美少女が、そんなものに関わっているなんて。


「外道って何なんだ?」


「外道、異端。正統に反するもの。正統は白の皇都で祀られてる神とその奇跡を信じることで、それ以外の奇跡は全て外道と呼ばれている」


「俺たちが使う魔術とは違うのか?」


「魔術には正統も外道もない。どちらかと言うと科学に近い。科学は因果を連ねて求める結果を得ようとし、魔術はものの在り方に干渉して求める結果を得る。魔術は一見奇跡のように見えるが、その背後にはちゃんと法則がある。だからちゃんとやれば同じ方法で同じ効果が出るし、他人にその方法を伝えることもできる。ただし魔術にはある程度、個人の資質が必要だ。魔術で火をつけるにはそれに適した才能がいるが、マッチを使えば誰でも火を使える。そういう違いだな。

 だが神々の奇跡って法則も資質もお構いなしだ。神がそう言えばそうなる。だからこそ、死んだ人間を生き返らせるなんて芸当もできるわけだ」


「カーフィンクは、いやコンラディン家はどうしてグレネを助けるために外道の呪いなんて使ったんだ?あの家は皇家に仕える公爵家だろ。なぜ白の神の奇跡を求めないんだ?」


「あの神は命に関わる願いを叶えてくれないんだ。白の神は人間に死の恐怖を与える神だからな」


「死を与える?殺すじゃなくてか?」


「ああ。もし人間が死を恐れなかったら世界はどうなっていたと思う?死は人の困難の極限だ。人間が死を恐れず漫然と生きていたら何も工夫もしないし、新しい知識も求めなかったんじゃないか?白の神はそれを良しとしなかった。死を絶対の恐怖とし、人間が生きることを大切にするようにしたらしい」


「だから白の神が正統であるこの社会では、死者復活や霊界との通信とかが禁忌になっているのか」


「まあ命だけじゃないんだけどな」


「じゃあ竜は……あの二人が俺を生贄にして願いを叶えてもらおうとしている竜って何なんだよ?」


「竜は光を贄とし混沌に神の言葉を討ち滅ぼさん」


「確かオリヴェア・フェイエスとシーヴィ・ザディの言い伝えだったっけ」


「神がいるところには必ず秩序が伴う。竜はそれと正反対の存在だ。竜はなんでも破壊する。それが神の秩序だろうが奇跡だろうがなんでもな」


「詳しいんだな」


「又聞きだよ。ちゃんと勉強したいならあの図書館のお嬢さんが教えてくるさ」


「ダーバールさんか。でも、あの人の要求に見合う対価がねーよ」


 人は混沌の中では生きていけない。人は社会を作り、その秩序の中で生きていく。だがグレネとロロは、すべてを破壊できる竜に願いを叶えてもらおうとしている。二人の願いは、古の都市を滅ぼす手前までやったオリヴェア・フェイエスとシーヴィ・ザディと同じような破壊を伴う願いなんだろうか。しかもそれに必要な生贄はライルだというから笑えない。


「俺が竜に願いを叶えてもらうことはできないのか?」


「無理だな」


「なぜ?」


「生贄はお前だからだ」


「別に俺じゃなくてもいいだろ。他のヤツを生贄にすればいいじゃないか」


「なかなか酷いこと言うね、お前」


「自分の命がかかっているからな」


アモスは意地悪く笑って言った。


「お前はもう人間の連環から外れているんだよ」


「……妹を、カナを殺したからか?」


「そうだな。今も昔も人間社会の基本は『汝殺すなかれ』だ。だが昔の社会では生贄は一般的だった。生贄になった人間は死ぬとわかっていて社会は生贄を認めてきた。矛盾していると思わないか、殺すなと命じる社会が生贄を認めるなんて。

 生贄とは何なのか?それは人間の連環から外れた者のことで、人殺しもその一つだ。生贄とされた人間は社会から逸脱してしまった者だから、社会の一員に数えなくていいという理屈だ。確かに他にも生贄にされそうな人間は多いが、なぜか竜への生贄はお前だということだ」



ライルはアモスの話を聞いて深くため息をついた。


「一杯くれ」


「いいのか、未成年?」


「こんなの飲まずにやってられるか」


 アモスは丸い氷が浮いた琥珀色が揺れるグラスをライルの前にそっと置いた。ライルはグラスを掴むと、グラスの中身を氷ごと一気に煽り、ゴリゴリと噛み砕いて飲み干した。ブッハっと酒臭い息と一緒に吐き捨てるように言った。


「なんで俺なんだっ」


「そのうちわかるんじゃないか」 


アモスは笑うと、再びグラスを磨き始めた。

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