黒いモザイク(3)
やがてヴェロニクは全ての資料に目を通した。
きれいに積み重ねられた書類の縁を指で撫でて、口を開いた。
「結論から言うと、こいつが探しているのはグレネ・コンラディンと同じバストよ」
4人は一様に驚いた。
ヴェロニクがきっぱり言い切った事、そして出てきたのが公爵家令嬢の名前だったからだ。
ライル達が驚くのを見ながらヴェロニクは説明した。
「まず、この大きさで痴漢が求めてる形と張りを持つバストなんてほぼあり得ないのよ。
もうこれは奇跡のバストと言ってもいいでしょうね。
しかし、私が知る範囲でひとつだけそんな奇跡があるわ。
それがグレネ・コンラディンのバストよ」
グレネ・コンラディンのおっぱいとはそれほどのものだったのか。
昨日ライルの目の前で躍動感たっぷりに揺れ動いていたあのおっぱいは奇跡なのだ。
そんな奇跡に抱かれて溺死したら、あの世で一生自慢できるかもしれない。
だらしなく忘我の世界に行っているライルの隣で、ジーガが首を捻っていた。
「ということは痴漢の狙いはグレネなんだよな?
だったらわざわざ胸を揉んで回らないでも、顔を見れば十分だろ」
確かにその通りだ。
グレネは公爵家の令嬢で、皇家の第二皇子との結婚が取りざたされてる有名人だ。
ここ最近、メディアでグレネの顔を見ない日はない。
そのくらい顔が知れてるのだから、胸よりも顔で判断した方がずっと簡単だ。
アッカは、んーっと人さし指を口元に置いて言った。
「この痴漢はその奇跡のおっぱいに用があるのかな?
だとしたら、あのでっかい胸に何か入っているのかしらね?」
アッカの発言にジーガもソルもライルも真剣な顔でアッカを振り返った。
冗談で言ったつもりだったが、男3人の異様な雰囲気にアッカの頬が軽く引きつる。
「ど、どうしたのあんた達?」
ジーガはアッカの肩に手を置いて、熱く語った。
「おっぱいには、夢がいっぱい詰まっているに決っているじゃないか!!」
ライルもソルもわが意を得たりと、うんうんと大きく頷く。
ジーガはジッとアッカの胸を見て、そして白い歯をキランと輝かせ笑った。
それと同時にアッカの左フックがジーガの笑顔にめり込んだ。
「どちらにせよ、グレネが狙われいるのは間違いわけだ」
ライルが窓の外を眺めながら、あのぶるんぶるんと躍動する胸を思い浮かべていると、
窓の外で黒い何かが下から上に横切ったように見えた。
何かと思い窓から目を離さないでいると、
黒い影がぐんぐん窓に近づいてきてあっというまに大きくなる。
そして、影はそのまま窓を蹴破ってヴェロニクのオフィスに飛び入ってきた。
飛び込んできた影は手にナイフを握った男だった。
ライルは咄嗟に立ち上がり、飛び込んできた侵入者と対峙する。
その侵入者の格好を見てジーガ達が「あっ!」と声を出した。
侵入者は男で、中背でがっしりした体格。服装は地味、というより全く印象に残らないように
意図されているような格好だったが、一つだけ際立った特徴があった。
男の目は黒い紙のような物で封じられていたのだ。
侵入者は、昨晩ジーガ達が遭遇した痴漢によく似ていた。
侵入者はナイフを握りなおすと、いきなりライルめがけて突進してきた。
ライルとジーガは目を見張った。
その動作とスピードとパワーは、昨日の朝の教室でやはりライルに
突進してきたグレネとほとんど同じだったのだ。
しかしひとつ違うのは、今ライルの首に届こうとしているのは美少女の白くしなやかな腕ではなく、
鈍く光る凶刃であることだった。