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黒いモザイク(1)

「ここ、どこぉ……?」



「わかりません……」



 路地を抜けて四つ辻に出ると、二人はもう何度目かの同じ会話を繰り返した。繰り返すたび声に疲労の色が濃くなる。

 グレネとロロは学校からの帰り道で完全に迷子になっていた。学校は丘の上にあるので、とりあえず坂を下っていけば大きな道に出られるだろうと、ひたすら下っていたのだが、いま周りに見えている道は全て平坦だ。そして、どの道を進んでもこの四つ辻と同じような場所に出てしまう。

 だんだん暗くなってきて方向感覚が奪われていき、時間感覚も曖昧になっていっていた。ロロは何度も自分の通信端末を見ているが、ずっと圏外だ。



「せめて誰かに道を聞ければいいんだけど」



「いま何時ですか?」



ロロはため息をつきながら通信端末を見た。



「17時52分」



「もう1時間以上さまよってますね」



 二人は改めて周囲を見渡す。四つ辻から伸びている細い路地の向こうは暗くてよく見えない。白い壁が続く路地には人の気配はないし、上を見ても壁に切り取られた狭い空が見えるだけだ。



「本当になんて街なのよ」



 ロロはぼやきながら、四つ辻を右に曲がった。注意深く周囲を観察して、何か手がかりがないかと探す。しかしさっきから成果は上がらない。ロロが隣を歩いているグレネにだるそうに聞いた。



「あなたの家来とか探しに来ないの?」



「執事が私を探しているはずです。連絡もなく通信も繋がらないのですから」



「じゃあ、その執事さんに見つけてもらうほうがいいかもね」



 そうこうしているうちに路地の先が開けてきた。そして二人はまたさっきと同じような四つ辻に出た。



「……ここ……どこぉ……」



「わかりません……」



「だー!やってられるかー!」



 ロロは大声をあげて、四辻の真ん中でごろんと大の字に寝転がってしまった。背中に感じる石畳はゴツゴツとひんやりしていて、見える空は狭くて暗く曇っている。グレネは立ったまま、寝頃がているロロをじっと見下ろしていた。ロロがむっと口を尖らせる。



「何?」



「ここであなたを置き去りにすれば、いろいろ捗るんじゃないかと思って」



「やってみなさいよ」



「やりませんよ、そんなこと」



「どうして?」



「ライルさんに嫌われてしまいます」



「律義ねぇ」



「それに……」



 グレネはロロから離れたところの石段に腰を下ろし、自分の通信端末の画面を見て言葉を失った。ロロは大の字になったままで、グレネの言葉の続きを待っている。



「執事も私を見つけられないかも知れません」



グレネはそういうとロロを見た。



「いま何時ですか?」



「さっき教えたじゃない」



「いいから。今、何時ですか?」



 ロロは不服そうに胸の谷間から取り出した通信端末の画面を見て、そして「え?」と抜けたような声を漏らした。



「16時32分に……戻ってる……。あなたのは何時?」



「私のも16時32分です」




 グレネは自分の端末の画面をロロに向けた。さっきロロが時間を見た時は17時52分だったのに、それから時間が戻ってしまっている。ロロは自分の端末を手でパンパンと叩いたりブンブンと大きく振ってみたりした。



「壊れちゃったのかしら……」



「私のと同じようにですか?」



ロロは冷たい汗が出るのがわかった。グレネは手にある端末をじっと見つめたままだ。ロロは立ち上がり改めて周囲を見回した。



「ここどこ」



「わかりません」



もう何度も繰り返したやり取りだが、その声は緊張していた。






 グレネとロロはもう一度注意深く辺りを観察した。見えているのは、四方に延びる石畳の路地と白い壁。壁の所々に小さな窓があるが、そこに人の気配はない。上を見上げても、そこには四方から押し寄せてくるように建つ壁で切り取られた、暗い灰色の空あるだけだ。



「ここ、なんだと思う?」



「少なくとも通常の空間ではないでしょう」



「夢の世界にしては味気ないわね」



グレネはその場で膝を曲げ、足下を手で撫でた。石畳はひんやりとしていて、ざらついている。



「夢にしてはリアリティがありすぎます。五感に違和感がまったくない。この空間と元の空間との境目が全くわかりません」



「完全にはめられちゃったって訳ね」



「外から誰かに出してもらうしかないかもしれません……」



「だったら、きっとライルが助けに来てくれるわよ」



ロロは明るく言うが、グレネは反対に顔を暗くさせた。



「私たちが消えたほうが、ライルさんにとって都合がいいとは考えないのですか?」



「ライルが私を消すとでも言うの?」



ロロは声は明るいが言葉の端がわずかに震ている。グレネは表情はさらに暗く曇っていく。



「私たちは、そのライルさんを殺そうとしているんですけどね」



「まさか、この迷路はライルがやったのかしら……」



「わかりません」



ロロかとグレネから笑みが消えた。



「すくなくとも、彼の仕業じゃないわ」



 忽然と二人の後ろから声がした。二人はその声に聞き覚えがあった。振り向くとそこにはやはり一匹の黒猫が尾をゆらりゆらりとゆらしながら座っていた。その黒猫の毛並みは艶やかな光沢をたたえ、真っ黒な顔には右目が金色に、左目がルビーのように赤く輝いている。物語の中から抜け出してきたような、魔的な美しさを持った黒猫だった。

 グレネもロロも、この黒猫が人間の言葉を話している事に驚かない。二人はこの黒猫の事をよく知っている。ロロが黒猫を見据えた。



「どうしてここに?」



「あなた達がいるからよ」



「どうやってここに?」



「あなた達と一緒に来たのよ」



 黒猫の人を食ったように答えるたび、ロロとグレネの機嫌はどんどん悪くなっていった。グレネが黒猫を睨む。



「どうしてこれがライルさんの仕業ではないとわかるのですか?」



「だって私は彼を愛しているもの。なんだって知っているわ」



黒猫がグレネの口調をまねて答えた。グレネの顔が一気に険しくなる。



「消えなさい」


 グレネが冷たく低い声で黒猫に命令した。しかし黒猫はそれを聞きながらし、赤い舌で自分の黒い手を掃除していた。そしてこう言った。



「私が出口まで案内しましょうか?」



 グレネとロロは警戒の目を黒猫に向ける。この魔性の言うことを信じようとは思わない。黒猫は二人からの警戒と敵意の視線に、口を闇夜に赤く三日月が開くようにして笑う。



「私はあなた達の味方よ?」



「バカを言わないで」



 ロロが苛立ちをぶつけるが、それでも黒猫は笑い、黒くしなやかな尾をゆらりゆらりと揺らしている。



「信じられない?」



「当たり前でしょ」



「どうして?」



「ムカつくのよ、あんた」



「それはそうでしょうね」



 黒猫の人をバカにした言いように、ロロはチィと舌打ちをする。そのロロをグレネが手で制しながら黒猫に言う。



「出口を知っているのですか?」



「ええ、知っているわ」



「それなら、ここがどこかも知っているのですか?」



「もちろん。私はあなたたちよりずっと賢いもの」



 黒猫は今度は左前脚で顔を洗いながら答えた。その様子にグレネの額に血管が浮き出る。黒猫は上目遣いでチラリとその顔を見ると、顔を洗い終えて言う。



「私を信じる信じないは任せるけど、あなたたちも手詰まりなんでしょう?まあ、ついていらっしゃいな」



 黒猫は笑うと、路地の奥に向かって歩き始めた。グレネとロロは少し視線を交わした。そして暗闇に溶けこんでしまいそうになる黒猫の後についていくことにした。


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