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公爵家令嬢とアイドルの下校風景(2)

「そっちはどうなのよ?」



「どう、というのは?」



「あなたにとってライルは何なのかって聞いているのよ。

 一人の男?

 何も知らない哀れな庶民?

 それともやっぱりただの生贄なのかしら?」



ロロの問いにグレネの瞳が微かに揺れる。



「……我々にとって、ライルさんは贄に過ぎません」



答えるグレネの声は少し暗く、小さい。



「ふーん。

 なら、あなたのドヤ顔で言っている愛ってなによ?

 あなたが愛しているのはライル?竜?それともコンラディン家?」



「…………」



グレネは何も答えなかった。


 ロロはそんなグレネに、不満もあらわに口の端を歪めた。グレネ・コンラディンのことは気に入らない。取り澄ました顔に上品な仕草、でかい胸と上から目線。しかもライルに付きまとうストーカーで、なにより、よりにもよって自分の胸の秘密をライルにバラした憎むべき女だ。



 グレネは敵だ。ライルの心と血肉を奪い合う敵だ。自分の願いを叶えるには、この女に負けることはあってはならない。もし、今、この場でこの女を殺してしまえたらどんなにハッピーだろう。



 だがロロはそう思う一方で、この敵に何か言ってやりたかった。この敵が何を語るのか聞いてみたかった。



 この女は、願いを叶えるという理由で男一人の心と体を生贄にしようとしている、いわば人の道を外れた存在だ。

そんな人間はただ一人としてロロの周りにはいなかった。この女は自分と同じだ。

 ロロもずっとその道を一人で歩いてきた。自分の願いのために男を殺すなんて人のすることじゃない。ロロにとってグレネは、人ならざる道ですれ違った初めての人間だった。



 ロロはグレネが返事をするまでじっと待った。黙り込んでいたグレネは、やがて重たい唇を動かした。



「私は家の為に願いを叶えるだけ。その前では私の愛など瑣末な事です」



ロロが露骨に眉をひそめた。



「私はあなた自身の事を聞いたのよ?」



「…………」



ロロの顔が険しくなる。



「あなたには欲ってないの?」



「そんなもの、持てる身ではありません」



ロロは舌打ちをした。



「他人の為に男を差し出そうって言うの?」



「己の欲望で彼を殺す事の方が許されません」



「他人の為ならいいって言うの?」



「一族ため、民の為ならば」



「あきれた……」



 ロロはそう吐き捨てると、グレネに背を向け石畳を蹴った。大股でずんずん先に歩いていきダンダンダンと思い切り石畳を踏みつける。壁を蹴る。目に付いた小さな石像を蹴り飛ばす。他にも周りに当たり散らせそうなモノはないかと探す。それでもロロの胸のむかつき収まらなかった。



グレネはどんどん先を歩いていき遠ざかるロロの背中を見ながら



「私の愛など瑣末な事なのです……」



小さく、小さく、呟いた。






先に歩いて行ってたロロが急に振り返った。



「ライルを貸してあげましょうか?」



 ロロは嗜虐的な笑みを浮かべている。その言葉と笑みにグレネの眉間がピクリと動く。



「ライルさんは、あなたのモノではありません」



「もう私のモノも同然じゃない」



「なぜですか?」



「だって、あなた怖くないんだもの」



 グレネの左眉がピクピクと細かく動いている。ロロはカツカツとグレネに歩いてきて、グレネの顔に人差し指を突きつけた。


「自分の欲望をさらけ出さないあなたに男は何も感じない。

 嘘偽りのあなたに竜は応えない。

 そんなあなたなんてこれっぽっちも怖くない」



「私が偽物だというんですか?」



グレネの声が怒りで微かに震えている。ロロは余裕たっぷりに続けた。



「ええ、偽物よ。男を欲しがる理由が、顔もわからない有象無象のためだなんて、そんなのが本物であるわけがないじゃない」



「どんな理由であるかなど関係ないでしょう」



「だったらあなたには、他人からあてがわれた人形で十分よ」



「…………っ」



 グレネははっきり見下ろされていると感じた。そう感じてしまった己を奮い立たせるように、声を強くして言った。



「私は誰よりライルさんのことを知っています」



「そんなのどうでもいいことだわ。知ってるだけならそこらのコンピューターと変わらないじゃない。そんなだからあなたは女じゃなくて、ただの木偶なのよ」



 グレネの息が一瞬詰まった。ロロは「木偶」という言葉をことさら強くグレネにぶつけていた。



「それに私もライルのことは何でも知っているわ。もう魂で彼のことを知っているのよ」



「それは一体……?あなたはいつライルさんのことを知ったのですか?」



ロロは自分の胸に手を当てた。



「生まれた時からよ。ずっとライルは私のここにいるの」



「偽乳のくせに……」



「ふん、いくら大きくても好きな男にも触られないなら、そんなの飾り以下よ」



「大体生まれた時からってなんなんですか?生まれた瞬間からライルさんのことをなんでも知っていたとでも言うのですか?」



「そう、その通りよ。ああ、いいのよ。別に理解しろなんて言わないから安心して」



ロロは堂々と胸を張った。

ロロが言っていることはわけがわからない。

だがグレネはなぜかロロに負けた気がした。

ロロの言葉には、ライルへの確固とした思いがあった。



ロロを前にすると自分の思いは偽物なのではないかという気がしてくる。

なぜ私はライルさんのことを好きなのだろう。

いつからライルさんのことを求めるようになったのだろう。

ロロの言う通り、ライルは一族から与えられた人形なのか?

自分は一族の願いのために作られた木偶なのか?



 グレネは初めて疑念と弱気に囚われた。ロロはそんなグレネの心の動きを敏感に感じ取り、すかさずグレネの耳元で囁く。



「そんなあなたが可哀想だから、ライルを貸してあげると言っているのよ」



その瞬間、グレネの顔がカッと赤くなった。

ロロの声は強者が弱者を気遣うような優しさがあった。

それに心が揺れた自分が許せなかった。



「結構です!ライルさんは私のモノです!」



グレネは吼えた。

目の前で高慢に勝ち誇るロロに向かって。

自分の弱気に向かって。

そして心に巣くう有象無象に向かって吼えた。



「そう。それならいいわ。せいぜいがんばってちょうだい」


 ロロは傲然と笑うと、さっさと歩き出した。グレネは拳を握り、ロロの背中を睨みつける。ロロの背中が路地の向こうに消えそうになるまでグレネは己の敵たちを睨み続けていた。



「何をしているの?早くライルのところに行きましょうよ」



 いつまでも動こうとしないグレネに、ロロが明るく大きな声で呼びかけた。グレネは決して焦らず、遅れないようにしっかりと石畳を踏みつけてロロの方に向かって歩き始めた。グレネはロロに追いつくと、気持ちを切り替えて辺りを見回した。



「ここどこなんですか?」



「は?」



 ロロは顔をしかめて、グレネと同じように辺りをきょろきょろと見回した。そこは石畳の細い路地だった。左右から高さが10mはある建物が二人に押しかかるように迫っている。この街に来て何度も見たような場所だが、初めて着た場所のようにも見える。



「ここ……どこよ?」



「それは私が聞きました」



「あなた自警団の詰め所に行くって言っていたじゃない」



「そっちがさっさと歩いて行くから、私はそれに付いてきただけです」



「あのね………」



ロロはため息をついて胸の谷間に指を突っ込み端末を取りだす。



「あれ……電波が届いていない?」



グレネも端末も同様だった。通話も通信もできない状態になっている。



「一回、戻ろっか」



ロロはいま来た道を戻ろうと歩きはじめたが、すぐに立ち止まった。



「どうしたんですか?」



グレネが止まったままのロロをいぶかしそうに見る。

ロロがゆっくり振り向きながらグレネに言った。



「……私たち、どっちから来たんだっけ?」



「はい?」



 青の商都は古い街だ。数百年の間、古い街の上に新しい街を積み重ねるようにして造られてきた。そのため街全体が非常に入り組んだ迷路のようになっている。観光客などは迷子になりやすく、捜索願は年間100件をゆうに超える。そのうちいくつかは解決されず、迷宮入りしてしまうことも珍しくない。



グレネとロロもこの街で迷子になってしまった。

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