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痴漢との遭遇

グレネとロロがアモスの店で罵りあっていた頃、ジーガ、アッカ、ソルの三人はぐったりとした足取りで、地下墓地から出てきた。


「ねえ、私、臭くない?」


アッカが自分の腕を鼻に近づけてる。


「わかんないよ。俺も自分の鼻がちゃんとついているかもわからないんだから」


ソルが手で自分の鼻を撫でながら答えた。


「アベさん、あんなに臭い部屋で紅茶飲んでたよな」


ジーガが信じられないというように首を振った。




3人は、アベさんの工房から出てきたところだった。アベさんのご近所から寄せられた悪臭被害の苦情を処理する為にここに来ていた。夕方にはご近所からの事情も全て聞き終えていて、後はアベさんの話を聞くだけだったのだが、それだけでもうこんな時間になってしまった。



アベさんは、青の商都で名の知れた悪魔払いだ。そして、最近青の商都を騒がしている「痴漢」には、悪魔が関係していると睨んでいた。その痴漢に対抗すべく製作中の魔除けが悪臭の原因だった。


ライルが推測した通りアベさんは青の商都にあるニンニクを全て買い占めて、魔除けを作っていた。なんでもいま来ている悪魔はかなり古く力もとても強ため、魔除けも強力にしなければならないという。



アベさんは、他にもいろいろな事を話してくれた。悪魔の存在証明から始まり、人間との歴史、性格、分類、階級、付き合い方、だまし方、悪魔の報復など、必要ない事まで延々と話してくれた。


しかし残念かな。あの悪臭極まる部屋の中にいては、話の理解など普段の1/5もできてない。結局魔除けはまだ完成には及んでおらず、また、アベさんも作成を中断するつもりがない。だからジーガ達自警団の方でご近所様に謝っておいてくれと言われて、仕方なく工房から退散してきたのだ。



「あの鍋の中身に青の商都のニンニク全部が煮詰まってるんだってよ」


「一滴でも口にしたら、三日三晩はギンギンだな」


「そのまえに、鼻血が吹き出て出血死ね」


「それでも、まだ足りないっていうんだから……」


ソル、ジーガ、アッカのため息がハモった。


人間が一滴口にしたらギンギンで鼻血を噴くエキスでも、悪魔にとってはラーメンのトッピング程度なのだろう。悪魔はとんでもない絶倫なのだ。


「絶倫かぁ……」


ジーガがぽつりと漏らした。それにアッカがビクンと反応した。


「ちょっと、あんた……、何考えてるの?」


「なにって?」


「まさか、これ以上絶倫になりたいとか言うんじゃないでしょうね?」


「いいなそれ、悪魔の絶倫、酒池肉林の満漢全席!」


「私、これ以上、激しいのには付き合えないわよ……」



アッカは下腹に手をやって、ブルブルと震えた。ジーガは震えるアッカをみて、好色な獣のように笑った。


「アッカ、今晩どう?」


「へ?イ、イヤよ!……今日、私、臭いし……」


「だから、いいんじゃないか」


「変態!!」


アッカがジーガの尻を、思い切り蹴飛ばした。

ジーガは笑いながら逃げている。

アッカがジーガを追いかけて、蹴りを放つが、ジーガはそれをひらりひらりと躱している。

ソルも笑って二人を見ている。

いつも通りのじゃれあいだった。


「こら、まて!」


アッカの蹴りが何度目か空を切ったとき「きゃう!?」っと、突然アッカがかわいらしい悲鳴を上げた。見ると何者かがアッカの胸を後ろから鷲掴みにしているではないか。あまりに突然だったので、アッカは状況を全く理解できていない。


しかし胸を掴む手はアッカが反応できないのをよそに、なんの遠慮もなくモニュ、モニュ、モニュときっちり3回アッカの胸を揉み切った。


「ジーガ……お、怒るわよ」


「ん?どうした?」


ジーガの声は左斜め前から聞こえてきた。


「まさか、ソル?!」


「何?」


ソルはアッカの前にいる。じゃあ、この無遠慮な手は一体誰の?アッカは混乱しつつも、なんとか後ろを振り返ろうとした時、胸を揉んでいる手の主が一言言った。



「………小さい」



それは道端に落ちる石ころを見た時のような、なんの感情もこもっていない感想だった。


「コロス!!!」


アッカの頭は一瞬で沸騰した。背後の痴漢野郎に向かって肘を繰り出す。しかし痴漢野郎は飛んでくる肘を素早く後ろに飛び退いてかわした。



男は中背でがっしりした体格。服装は地味、というより全く印象に残らないように意図されているようだった。しかし、男には一つだけ際立った特徴があった。男の目は黒い紙のような物で封じられていたのだ。



3人は男と対峙するが、男にはまったく隙がない。

かなり訓練された人間のようだ。


「これが例の女の胸を揉みまくっている痴漢?」


「捕まえるぞ」


ジーガとソルは口を開くと同時に、痴漢に飛びかかる。

が、痴漢は3人に背を向け逃げ出した。

ソル、ジーガ、アッカと続いて痴漢を追う。



痴漢の逃げ足は速く、どんどん3人を引き離していく。

しかし、いくつかの角を曲がったとき、そこは行き止まりになっていた。


「しめた」


ソルが痴漢との距離を一気に詰める。

痴漢は逃走を一転、今度はソルに向かって猛然と飛びかかっていった。

その時ジーガは、痴漢の動きに強い既視感を覚えた。

最近、これと全く同じ突進をどこかで見た事がある気がしたのだ。



突進してくる痴漢に、ソルが赤のメリケンサックが光る右ストレートを放つ。

ガギンという衝撃音と供に、ソル、そして痴漢の両方が後方へ吹飛んだ。


痴漢が体勢を整えようとしたところに、間髪入れずアッカが投げたナイフが3本襲いかかる。

痴漢はその全てを片手でたたき落とす。


その隙にジーガが腰の日本刀に手を置き間合いを詰める。


が、痴漢野郎はいきなり一飛びで、建物の屋根に飛び乗った。路地から屋根まではゆうに5メートルはある。


3人はぼう然と男を見上げていた。痴漢もしばらく3人と自分の手を見つめていたが、手に残る感触を確かめるように手を握ると、男は3人に背を向け、夜闇の中に消えていった。




「ただの痴漢じゃないわね」


アッカが忌忌しそうに男が消えた夜闇を睨み言った。


「確かに、ただの痴漢じゃない」


「ああ、アッカより大きいのが好みの痴漢だ」


ジーガとソルが、シンクロして頷く。


「……あんた達、串刺しにされたいの?」


肩を戦慄かせながら、ナイフを手にするアッカの肩に、ジーガが手を乗せてとサムアップして言った。


「アッカのは乳首がピンク色だから大丈夫!」


夜の路地でアッカの怒号とジーガの笑い声を背景音にしながら、ソルは自警団の詰め所に連絡を入れていた。


「ここの他にも3件、同じような被害があって、

 どれも女性が後ろから胸を鷲掴みにされたって」


「痴漢は何かコメントしていたか?」


ジーガが聞いた。


「2件の被害者が『これじゃない』、『垂れてる』と言われて泣いてるらしい。

 もう一件の被害者は怖くて覚えていないそうだ」


「『これじゃない』、『垂れてる』、そしてアッカの『小さい』か。

 かなり好みが激しいな」


「形には自信あるもん」


アッカは目に見えない何かと張り合うように言っている。


「俺たちも、いったん戻ろう。それに早く風呂に入りたい」


ソルはそう言って車のほうに歩き出した。

ジーガも足早にソルに続く。

アッカはタンクトップの胸元をのぞき込みながら「Cでも天然物なのに」とぼやいていた。



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